あくまで小悪魔




海沿いの道を歩いていた三井は、こちらへ向かってくる人間に気付いて立ち止まった。
長身に逆立てた髪、柔らかい表情。
手には釣竿と、何故かバケツを持っている。
「最悪…。」
顔を見た瞬間に三井の脳裏に苦い記憶が蘇った。

試合中突然頭が真っ白になり、気付いた時には倒れていた。
スタミナ切れ。
情けなすぎて気分が落ち込む。
あの顔を見ると嫌でもそれを思い出してしまうのだ。

そんなわけで、仙道彰は今はまだあまり会いたくない相手だった。
三井は気付かれないうちに砂浜の方へ逃げてしまおうと、
あと二歩の所にある階段に視線を向けた。
ろくに話した事もない相手だ。
離れればきっと声を掛けてはこないだろう。
二歩進み、階段を一段降りる。
「あれ?三井さん?」
三井の予想は大きく外れた。

名前すら覚えられてないと思っていたのに、
三井を見付けた仙道は嬉しそうに近寄ってきた。
逃げるタイミングを失った三井はその場で固まっているしかなかった。
「奇遇ですね〜。元気にしてました?
 どっか行くとこですか?あ、もしかして家この辺とか?」
三井が何か言うのを待たずに人当たりの良い笑顔でぺらぺらと喋る。
こんな会話をするほど、仙道と仲良くなった覚えなどない。
三井は溜め息をついた。
ジャージでも着てこればよかった。
そうしたらロードワーク中だとか言って逃げられたのに。
「…そっちはこんなとこで何してんだよ。」
仙道の質問には何ひとつ答えないで、反対に三井の方が訊ねた。
「釣りです。ちょっと気分変えたくなって、遠出を。」
釣竿を示して仙道が言った。
練習はしなくていいのだろうか。
湘北と一緒で、向こうも昼からなのか?
気になったが何も言わなかった。
チームメイトでもあるまいし、三井には関係のないことだ。
練習をさぼっているとしても、こっちとしてはその方が助かるから。
「魚いります?」
おもむろに訊ねられ、三井は自分の目には胡散臭く見える笑顔を見上げた。
「あんまり釣る気なかったんですけど、今日は大漁だったんです。
 ほら、これ。何も持ってきてなかったからバケツ借りちゃいましたよ。」
元から下がっている眉を更に下げ、仙道が笑う。
三井は差し出されたバケツを覗き込んだ。
確かに大漁だ。
「全部くれんの?」
もう一度仙道を見て、口の端を上げる。
勿論冗談、軽口のつもりだった。
しかし仙道は機嫌よく承諾した。
「いいですよ〜。バケツ、返しといてくれるなら。」

仙道はよくわからない奴だった。
あの試合のあと、安西のいる病院に向かう前に、
自販機に寄った三井は飲み物を買っている仙道とばったり出くわした。
『あ、どうも。』
負けたばかりだというのに仙道は落ち込む素振りもなく、笑っていた。
『もう身体大丈夫なんですか?』
そんな心配までしてくる。
『…あぁ。もう平気だ。』
『そうですか、よかった。それじゃ、また。』
ずっと笑顔を張り付けたまま、ちょっと頭を下げて仙道は去っていった。
余裕綽々のこの男が、三井にはちっとも理解出来なかった。

「三井さん?」
思い出して険しい顔をしていると名前を呼ばれた。
「どうしたんですか?」
仙道は笑顔ではない表情をしている。
普通の顔もできるのか、と当たり前のことを思いながら首を振る。
「いや、別に。…バケツどこから借りてきたんだ?」
「あっちの民宿です。」
釣竿を持った手で指差した仙道の顔はもう笑顔に戻っていた。
「ほんとに貰ってくれるんですか?三井さん。」
へりくだった態度で首を傾げる。
さっきのも、これも、三井に負い目を感じさせないように言っている
…のかもしれない、と三井は思った。
「おう。貰ってやる。」
買い被りかもしれないが、それに倣って、あくまでも偉そうに答えてやった。
「ありがとうございます。」

笑顔の裏で仙道が何を考えているのか、少しだけ気になってきていた。
もしかして心の中では毒吐きまくってたりして。
踏み込んで引っ掻き回したらどんな反応をするだろう。
この仮面を剥がし取れば余裕のない仙道の顔が拝めるのだろうか。
そんなことを考えていると、昔の血が騒ぎ出した。
次に会った時は、どうにかして堕としてやる。
人の悪い笑みを浮かべながら、三井は笑顔の仮面を仰ぎ見た。





ふざけたタイトルですみません。釣竿仕舞えよとかつっこみどころも満載ですね!(だめじゃん)
書いてたら小悪魔なミッチーなんていう珍しいものになってしまいました。昔の血云々は鉄男のことです。
このミッチーは洋平と付き合ってるのかどうか…はどっちでもいけそうなので割愛。

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