君が足りない




好きとかそういうのとは違ったが、仙道には気になる人物がいた。
試合中にスタミナが切れてぶっ倒れてしまった、湘北の14番、三井寿だ。
普段なら、うわ、スタミナ切れ?情けないなぁ、と思って終わるのだが、
何故かどうにも気になって、顔も名前も番号までも完璧に覚えてしまっていた。

合宿初日、仙道は三井の姿を見つけて名前を呼んだ。
「三井さん!」
別に三井と会うのが楽しみだったわけではないのに
自分の声が弾んでいるのに気付いて、あれ?と思う。
振り返った三井が仙道を目に留め、近付いてきた。
「よう。久しぶりだな。」
「はい。おはようございます。3日間よろしくお願いします。」
笑顔で、畏まった風に言って左手を差し出すと
三井は一瞬面喰らった顔をしてから、仙道とは違う、作り物ではない笑顔で手を取った。
「おー、よろしく。」
握手で何故心拍数が上がるのか、自分が理解できなかったが、
仙道はそんな思いをひとつも顔に出さなかった。
「ミッチー!あっ、センドー!?」
手を離すとちょうど桜木が乱入してきて、三井との会話は唐突に終わってしまった。
そのことに安堵している自分には、気が付かなかった。


図らずも三井と同じ部屋になってしまい、
焦ることなど何もないのに内心焦った。
だが三井の側にいてもさっき以上に心拍数が上がることはもうなかった。
あれは気のせいだったのだろう。
多分、合宿初日の最初の最初だったから緊張していたのだ。
そう思い込むことにした。
そして何事もなく1日が終わり、仙道はやわらかなふとんに包まって眠った。

「テメェ、いつまで寝てんだ!」
叫び声がしたと同時にふとんを剥ぎ取られ、驚いて目を覚ます。
「三井さん…?」
ふとんを投げ捨て、ぼーっと見上げている仙道に向かって三井は苛立った声をぶつけてきた。
「さっさと起きろ、朝練やんねー気か!?」
「え、今日、ないんじゃ…」
合宿中は朝練はない、7時に起床8時に朝食、と、昨日言われたはずだ。
「来てねーのお前と桜木だけ。」
「…はぁ…。」
「桜木は病み上がり。」
「…はぁ…。」
三井は気の抜けた返事をする仙道の頭を思いきり叩き、
「目ェ覚めたか?」
器用にも怒りながら笑って言った。
「痛いです…。」
仕方がない。
半時間ぐらい、練習するか。
叩かれた頭をさすりながら、仙道はのろのろと立ち上がった。

用意が済んで廊下に出ると三井が待っていた。
「おせーよ、髪に時間掛けすぎなんだよ、てめーは。」
待っているとは思っていなかったので、いつも通りゆっくりしてしまった。
知っていれば手早く済ませたのに、と心の中で後悔するが、顔には浮かべない。
「すみません。」
「いーからとっとと来い。」
素直に謝ると腕を掴まれ、半ば引き摺られるようにして練習場まで連れていかれた。

朝練の間、適度にサボっていた仙道は何度か三井に蹴り飛ばされた。
皆真面目で偉いなぁ、と思いつつ、ここにいない桜木のことを思い出す。
まだ寝ているのだろうが、病み上がりでもきっと参加したいんじゃないか。
自分はやらなくていい練習なんてごめんだけど、
起きてきた桜木に朝練していることがわかったら、桜木は怒る気がした。
だが考えただけで、口には出さなかった。
仙道は湘北の人間ではないから。
これは湘北の問題で、仙道がとやかく言うことではないのだ。


桜木が五月蝿く言うことはなかった。
少しだけぶつぶつと何か言っていたようだが、
三井に宥められてすぐに機嫌を直していた。
三井が微妙に伸びた桜木の髪を乱暴に撫でている。
机ひとつ分離れたその風景を眺めながら朝食をとっていると、
隣に座っていた藤真が仙道の視線を追って声を掛けてきた。
「何見てるんだ?」
「え?」
言われて、自分が三井を見ていたことに気付く。
藤真に勘付かれないように仙道は作り笑いをした。
「いや、湘北の人たちは仲がいいなぁ、って。」
「バカなだけじゃないか?」
藤真は揶揄した相手を見、皮肉っぽく笑った。
本人たちには聞こえていないらしく、無邪気に笑っていた。
「そうですかねぇ。」
一応小声でこたえ、なるべく三井を視界に入れないように顔を背ける。
何がしたいのか自分でもよくわからない。
藤真は食べることに集中しているようで、仙道を見てはいなかった。
様子がおかしいということはバレていないだろう。
仙道は噛む回数を半分に減らして水分で流し込み、いつもより早く朝食を食べ終えた。


練習中は平和だった。
ちゃんと練習している時は、バスケのことを考えていれば他のことはどうでもよくなるからだ。
三井も何も言ってこなかった。
別のチームになってしまったから、話しかけても来なかった。
朝練以降話していないと気付いたのは、今日の練習が終わる頃だった。

ようやくノルマが終わったのに、三井はまだ練習を続けていた。
三分の一ほど開いた扉の奥からボールが弾む音が聞こえ、
三井とその他数人が跳ね回っているのが見える。
既にシャワーまで浴びてしまった仙道は、夢中でボールを追っている三井をまた眺めていた。
あの時はあんなにしんどそうだったのに、大丈夫なのだろうか。
また倒れたりしないだろうな。
そんないらない心配をしている自分がいた。
「まざりたいのか。」
いきなり後ろから声を掛けられ、振り向いて目を瞬かせた。
「福田…。」
そこにいたのは仙道のチームメイトだった。
小さく息を吐き出し、珍しく強張らせてしまった表情を和らげる。
「行かないのか。」
扉を指差しながら福田が訊ねてくる。
仙道は首をすくめた。
「行かないよ。疲れたし、部屋に戻って夕食まで寝る。そっちは?」
「俺も戻る。」
「じゃ、途中まで一緒に行こうか。」

練習漬けの生活は、仙道には合わない。
休息は必要不可欠なものなのだ。
それは皆同じだと思っていたのだが、自信がなくなってきた。
三井には一人でゆっくり過ごす時間は必要ないのだろうか。
寝て起きて食べて、あとはバスケだけ、なんて、それで楽しいのだろうか。
それだけじゃ疲れるんじゃないのか。
いつか身体壊すんじゃないか。
また、いらない心配をしていた。


部屋に戻っても誰もいなかった。
皆まだ練習をしている。
三井と一緒にあそこにいるのを、さっき見たばかりだ。
仙道は畳に寝転び、手足を伸ばした。
まざりたかったのだろうか、あの中に。
確かにバスケは楽しい。
でも、練習ばかりではなくて、もっと他にやることがある気がしていた。
今ここでできることなのかどうかも、何もわからないのだが。

目を閉じて意識を止めようとしていると、扉が開く音がした。
「見っけ。」
汗だくの三井が、その扉のところに立っている。
今日の練習が終わったのかと思ったが、三井の他には誰もいなかった。
「どう…したんですか?」
はっきりしない頭は笑顔を作ることを忘れさせていた。
「さっき練習、見てたろ。まざりてーのかと、思って。」
三井は汗を拭いながら途切れがちにそう言った。
仙道が見えなくなってからすぐに追いかけてきたらしく、息が上がったままだ。
何も言葉が見つからない。
嬉しかった。
三井が自分を気にして迎えに来てくれるなんて。
溜め息のように息を吐き出した三井の顔が歪んだ。
返事をしない仙道に焦れ、扉に凭れて腕を組む。
「どーすんだ。行くのか、行かねーのか。」
今回は、絶対来い、というわけではないようだが、
迎えに来てくれた三井にノーと答えるわけにはいかない。
朝は待たせてしまったが、今ならこのままついていくことができるのだ。
ほとんど考えず、仙道は口を開いた。
「行きます。」
作り物ではない、本当の笑顔を三井に向けて。


柔らかくていい匂いのする女の子が好きだった。
折れそうで恐いけど、細くて小さくて大人しい可愛い子が、
釣りに付き合ってくれるようなのんびりとした子が、仙道のタイプだった。

三井は柔らかくない。男だから。
いい匂いがするともいえない。
仙道よりは細くて小さいが、普通の高校生男子と比べると明らかに筋肉質で背も高い。
大人しかったら気持ち悪い。
可愛いかどうかは微妙な所だ。
釣りに付き合ってくれるようなのんびりとした人間では、絶対にありえない。
どう考えても、仙道の好みとは正反対の人間だ。

だが、仙道はいつの間にか三井を好きになっていた。
好きになったらどんな相手も可愛く見える。
その状態を、今、嫌というほど実感していた。

「真面目にやれ!」

そんな怒声でも、掛けられるだけでちょっと嬉しくなる。
仙道に足りなかったのは、恋だった、

「聞いてんのかテメー!?蹴るぞ、コラ!」

………のか?





多分小悪魔の続きで、仙道は引っ掻き回そうとしてるミッチーにまんまと乗せられたんです。
と言いつつ別に続きじゃなくてもいいんですけど…同じ仙道と三井っぽいので一応続き。
とりあえず私の中の仙→三はミッチーが倒れる所から始まります。
そして合宿がどんななのか私には想像もつきません。時間とか色々おかしいと思われますが気にしない方向で。

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