現実逃避



惰眠を貪る俺を鉄男が見下ろしている。
しばらく気配に気付かないフリをしていると、低く掠れ気味の声がした。
「起きろ」
普通の人間なら飛び起きるところだが、俺は違った。
ベッドの上でもそもそと動くだけ。
だからと言って俺が普通の人間じゃないというわけではない。
毎日顔突き合わせてりゃいくら怖い顔でも慣れるってもんだ。
「まだ眠い」
俯けに枕を抱きしめて顔をこすりつける。
鉄男はじっとしたままで、声の反応も特にない。
俺は少しだけ顔を上げ、目覚まし機能の意味のない時計の針を読んだ。
「まだ一時じゃねーかよ」
飲み明かした俺にはまだまだ朝と言える時間だ。
ということは一緒に飲んでいた鉄男にとっても朝だと言える時間だってことだ。
時計から目を離し、枕に逆戻りする。
起きる気配のない俺に呆れた風な溜め息が聞こえてきた。
「……俺は出掛けるからな」
酒とタバコで嗄れた声が遠くなった。
俺に背中を向けたらしい。
続いて安っちいライターの発火音が聞こえてくる。
「どこに」
置いて行かれるのがイヤだとかそんな女々しいことを言うつもりはないが、気になるので一応訊いてみた。
頭だけ鉄男の方に向けると、すっかり慣れてしまったタバコの匂いが漂ってくる。
鉄男の背中が煙を吐いた。
俺の質問に対する答えを探しているようだ。
立って吸うと灰が落ちそうだな、といつもと同じことを考えた。
「コンビニ」
きっと思い切り顔をしかめて、ようやく出てきた答えを呟く。
俺は吹き出しそうになるのを堪えつつゆっくり起き上がった。
「ふーん? じゃ俺も行こうかなぁ」
酒でも買いに。と付け加えると嫌そうな顔が振り向いた。
相変わらず冗談の通じない鉄男を無視して俺しか寝ないベッドから降り、辺りを見回す。
目当ての物は棚の上に置かれていた。
そういえば帰ってきてから灰を捨てた覚えがある。
じゃなきゃ吸い殻一個しか入ってないなんてありえないからな。
あくびしつつ、焦げ跡のついた灰皿を手に取る。
ひんやりとしたその重みは酒の抜けきっていない俺の気分を少し良くさせた。
「ついでに散歩しよーぜ、バイクで」
「それは散歩っつーのか?」
「まぁまぁ、細かいことは気にすんなって」
愛想笑いしながらごつい肩をバシバシ叩く。
確かに歩かないから散歩じゃないが、そんなことは大した問題じゃない。
今の問題は鉄男がバイクを出すかどうかだ。
これまでの経験上この展開で鍵を取らないなんてことはなかったので、きっと今回も大丈夫だろう。
鉄男の手に移った灰皿に短いタバコが押し付けられる。
様子を窺っていると、
「早く用意しろよ」
短い言葉のあと灰皿は元の場所に戻され、手には代わりに鍵が収まった。
やっぱり今日も俺たちはいつも通りだ。
そう再確認すると何だかおかしくなってきた。
「へーい」
今度は堪えきれない笑みを浮かべて、適当な返事をする。
「……」
軽快に洗面所へ向かう俺の背を非難するような視線が追いかけてきたけど、俺はやっぱり気付かないフリをした。






ずっと書いてなかった私のリハビリ物です。
なのでとても短い。
そしてあいかわらず鉄男は甘すぎる……!!
自分で書いといて毎回鉄男につっこまずにはいられないです。罪な男だ。

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