指定席



あれからほぼ毎日、三井は水戸に付き合わされていた。
昼休みになると昼食持参で屋上に入り、一緒に食べて、水戸は寝る。
膝は毎回貸しているわけではなく、肩や背中に凭れて眠ることもあった。
水戸は本気で寝に来ているのだ。
三井は大きな溜め息をついて項垂れた。

屋上で、まだ誰にも会っていないのが救いだった。
不良の溜まり場のはずのここには、誰か来てもおかしくないのに、だーれもやってこなかった。
一度水戸に聞いてみたが、
『さぁ、俺は知らねーよ。』
とか言ってはぐらかされた。
とにかくこんなに人が来ないなんておかしいので、絶対水戸が何かしたんだ、と三井は確信していた。
具体的に何、と言われてもわからないけど。

昼休みが始まってからもう7分経っている。
昨日、水戸は屋上に来なかった。
約束しているわけではないから三井が怒るのは筋違いだが、昨日の昼はえらくメシが不味かった。
(…。)
部活中桜木が来ていないことを知って合点が行った。
水戸はそっちに気を取られて三井のことなんか忘れていたのだ。
水戸にとって最優先は桜木だから。
三井は無意識に眉を顰めた。

水戸がまだ来ないということは、今日も桜木は来ていないのだろうか。
三井は待つのに飽きて弁当を手に取った。
それとも桜木は来たけど心配でついててやりたい、のか。
こういう考えがメシを不味くするのに、思考を止めることが出来ない。
箸を持つと同時に、扉が開いた。
「あ、もう食ってるし。」
危うく箸を落としそうになる。
水戸はそんなことにはまったく興味を示さずに、いつも通り三井の隣に座った。
「まだ食ってねぇよ。…つか、お前昨日寝てないだろ。」
「うん。眠い。」
最初にここで会った後桜木に、水戸の眠りが極端に浅いらしいことを聞いた。
三井はその時、曖昧に返事をすることしか出来なかったのだが。
三井を枕代わりにして眠る水戸を見ている限りでは、まったくわからないからだ。
寝ている水戸を見ながら、これのどこが眠りが浅いんだ、といつも思っていた。
「…あー…眠…。」
水戸が眠いというのは久しぶりな気がした。
確か、二度目に会った時以来。

「…桜木が気になって寝れなかったのか?」
三井はさっさとパンを頬張っている水戸に訊ねた。
水戸がパンを飲み込んで首を振る。
「ちげーよ。別に何も考えてない。」
でも眠れなかったんだろ、とは言わなかった。
これ以上訊いたところで水戸は何も答えないだろう。
卵焼きを一切れ口の中に放り込み、ろくに噛まずに飲み込んだ。
「…。まぁよかったじゃねーか。今日は来たんだろ、桜木。」
変わりに言った言葉に、水戸はまた首を振った。
「今日も休み。けど晴子ちゃんが励ましてくれたみたいだから、大丈夫だろ。」
「そうか。…お前仲いいよな。赤木の妹と。なんかいつも一緒にいねぇ?」
「そりゃまぁ、見学と応援で一緒になるからねぇ。」
否定されなかったのが何となく嫌で、二切れ目に箸を刺した。
「冷やかしだろ。」
「いや、ちゃんと応援してるでしょ?って、見てないか。」
(見てるっつーの。)
何も言わずに刺した卵焼きを口に運ぶ。
水戸の前にあったパンはいつの間にか袋だけになっていた。
牛乳の紙パックを潰して、水戸が三井の足を見る。
「今日は足。弁当邪魔。オヤスミ。…卵以外も食えよ。」
三井に何か言うスキを与えず、定位置に収まってしまった。
こいつ俺よりワガママじゃねぇの、と思いながら、三井はまだほとんど残っている弁当をゆっくり食べた。
三井の方が食べ終わるのが遅いのはいつものことなので、水戸は気にせずに寝息を立て始めている。
三切れ目の卵焼きは、最後まで残しておいた。
本来三井は好きなものは残しておく派なのだ。


水戸はすっかり熟睡しているが、そろそろ昼休みが終わる時間だ。
もう起こさなければいけない。
(しかし今日は一段とよく寝てんなぁ…。)
三井は少しくずれた水戸の髪に触れようとした。
いつもちょっとやそっとじゃ起きないから、きっと今日も起きない。
ちょうどその時、扉が開いて、見覚えのある男が入ってきた。
「……………?」
「…よ、よぉ…流川…。」
三井と、寝ている水戸に気付いて、ほとんどわからないぐらい顔を顰める流川に引きつった笑顔を向けた。



非常にマズい展開になってしまった。
男に膝枕してやってるなんて、どう見てもおかしい。
しかも相手は水戸だ。
三井が水戸と二人でいるだけでも、かなりおかしいと思うだろう。多分。
…流川のことだから何とも思わないのかもしれないが。
とりあえず流川に気付かれないように手をコンクリートの上に戻した。
水戸は眠ったまま、やっぱりまったく起きる気配がない。
「センパイ。」
無表情に戻った流川が近づいてきて二人を見下ろした。
三井は流川を見上げなかった。
別にやましいことがあるわけでもないのだから、普通にしていればいい。
そう思ったけど、何故か見上げることが出来なかった。
「これ、何すか。」
水戸を差す指が見え、流川の声が降ってくる。
三井は投げやりに返事をした。
「見りゃわかるだろ。」
流川が少しムッとした…ような気配がした。
まだ水戸を指差したまま、
「…………なんで?」
誰もが思うであろうことを訊いてくる。
「…何かよく眠れるんだと。わけわかんねーけど。」
首をすくめて答えると視界から流川の指が消えた。
「……………。」
なるべく首を動かさないようにして、流川の表情を盗み見る。
腕を組んで何事か考えているようだ。

三井は気を逸らそうとして流川に話し掛けた。
「なぁ、お前サボり?」
「そうっす。」
組んだ腕を外して流川が頷く。
1年の1学期からそんなんでいいのかよ、と思わないでもないが、
三井自身人のことを言えるような生活をしてこなかったので深くは追求しない。
次の話題へ移る。
「桜木まだ来てねぇんだってな。」
「…。」
「そういやお前そのキズ何だ?」
「…。」
「ケンカはすんなって安西先生に言われただろうが。」
「…センパイ。」
頷いた後何の反応もしなかった流川が口を開いた。
「あぁ?」
しかめっ面で見上げると流川は意味不明なことを言った。
「俺もよく寝たい。」
「は?」
三井に断わらずとも勝手に寝ればいい。
屋上は広いのだ。
サボリの邪魔をしようなどとは、三井は思っていないのだし。
(何が言いたいんだ?)
三井は小首を傾げていると、流川が再び水戸を指差した。
「俺もそこで寝る。」
「ハァ!?」
理解したくもない言葉を告げられて三井の声が裏返る。
授業の始まりを告げる鐘が鳴った。

授業が始まった。
水戸を起こさなければいけなかったのに。
三井はイライラしていた。
何をこんなに怒っているのか自分でもわからない。
いや、わかる、当然だ。
「ざけんな!なんでオメーまで膝枕してやらなきゃいけねーんだ!これはあの時の礼なんだよ!」
この時まですっかり忘れていたのだが、そういえばそうだった。
でなきゃ誰が男に膝なんて貸すものか。
貸してもらうならともかく、肩を貸したことさえ数えるほどしかない三井が。
「つうかお前がここでよく寝れるかなんてわかんねぇじゃねーか。」
人差し指でトントン、と硬いコンクリートを叩く。
そもそも流川は眠れない体質ではないのだ。
趣味は寝ることだとか言うほどなんだから(って桜木が言っていた)
眠れないことなんてほとんどないのだろう。
水戸とは違って。
「オメーに膝貸してやる義理はねぇ。」
不機嫌さを露にして、三井は言った。
水戸はまだ三井の膝の上で眠っている。

流川はしばらく無表情で、ぴくりとも動かないでいた。
「…あの時。俺、すっげぇ血ィ出た。」
小さく呟かれた言葉は、驚く程よく聞き取れた。
だが、よく通る声だとか感心できるような内容ではない。
「痛かった。」
顔を顰めて大袈裟に頷いてみせる。
三井がちょっと呻いたのに気付くと、何を考えているのかわからない真っ黒の目でジーッと三井を見つめ、
「死ぬかと思った。」
(ぜってー、ウソだ!)
三井は心の中でつっこんだ。
「お、お前、先輩を脅す気かっ!」
確かにあの時、流川は重傷を負っていた。
しかし、もう死ぬ、なんて、流川は絶対に思っていなかった。
(普通に立って話聞いてたじゃねーかよ!)
そこまでして膝枕してほしいのだろうか。
何をそんなにこだわっているのか、三井には理解できなかった。

三井と流川がモメていると、水戸がすごい勢いで起き上がって、これまたすごい勢いで振り向いた。
「うるせぇ!いーかげんにしろ!」
三井は悲鳴を上げそうになるのをすんでの所でこらえた。
水戸の寝起きは最悪だ。
いつも凶悪な顔をしているが、今日は更に酷かった。
桜木は、
『え?寝起きの洋平の様子?別にいつもと同じだぞ?』
と言っていたから、この寝起きの悪さはよく寝ている時に無理矢理起こされるせいなんだと思う。
「…流川?」
水戸は眉間に深い皺を刻んだまま立ち上がり、流川を睨んだ。
ではなく、多分見ているだけだ。
二人とも目つきが悪いから、睨み合っているように見えるだけだ。
…流川が来る前に起こしておいた方がよかっただろうか。
二人が殺気立っているように感じて、三井は身を縮こまらせた。

水戸がひとつ欠伸をした。
寝起きの凶悪さはもう鳴りをひそめている。
「…何モメてたんだ?」
流川が何も言わないので、恐る恐る三井が口を開いた。
「…コイツが膝枕しろっつーから。やだって。」
「は?膝枕?」
首を縦に振る。
「俺もよく寝たい。」
流川が三井に言ったのと同じことを水戸に向かって言った。
「…あぁ。そう。」
(ってそれだけかよ!もっと何か言え!)
そういう思いを込めて水戸を見上げると、目が合った。
微笑みかけられ、目が逸らされる。
「悪ぃけど、あれは俺の席だから。お前には貸せねぇな。」
水戸が『もっと何か』言った。
言われた流川は目を瞬かせていた。


ここまでどうやって歩いてきたかよく覚えていない。
どうやって席についたか、先生に小言を言われたのかさえよく思い出せない。
頭に血がのぼっていた。
と言っても怒っているわけじゃない。
心臓の動きがやけに早い。
まるで試合中みたいだ。
(じょーだんキツイぜ…。)
原因は明らかだった。
教室に戻っても先生の声なんて耳に入るわけがない。
頭の中で何か色々ぐるぐる回っている。
授業が終わるまで、三井は机の上に突っ伏したままでいた。





流川をあんまり書いたことがないのでキャラがつかめてません。スミマセン。
やっぱりミッチー視点の方がラクでした。
しかしミッチー振り回されすぎなんですが、いいのか、これで(笑)
書いてる方はものすごく楽しかったんですけどね!

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