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こくはく 洋平の部屋に、久しぶりに三井が来ていた。 国体が終わってから1週間が経っている。 三井は不機嫌そうな顔で、ベッドとまだふとんのかかっていないこたつの机の間に座っていた。 洋平はコップに冷えた茶を入れ、三井の斜め前に腰を下ろした。 窓側に行くのは面倒臭く、テレビの前に座ると文句を言われるため、 三井といる時はこの場所が洋平の定位置だった。 三井の分を彼の近くに置き、自分のコップに口を付ける。 「なぁ、水戸。」 三井に呼び掛けられて洋平は視線を向けた。 思い詰めたような表情で三井が洋平を見ている。 「俺たちって何?」 何の冗談だ、と思って、洋平は茶を吹いた。 噎せて盛大に咳き込みながら笑いまくる。 普段なら心配するか一緒に笑うかするはずの三井は真剣な顔を崩さなかった。 どうやら本気で言っているらしい。 洋平は何とか笑いを止め、胸を擦りつつ顔を引き締めた。 「俺、告白しなかったっけ?」 「…したけど。」 三井が目を伏せる。 「けど何。」 洋平は茶を飲み干した。 しこたま笑わされたせいで喉が渇いていて、残っているだけでは足りなかった。 「水戸。」 飲み物を取りに行こうと立ち上がると三井に不満そうに呼ばれたが、気にせず台所に向かう。 三井の声が追い掛けてきた。 「じゃああれは何だよ。『今日は花道が来てるからムリ。』って、 ありゃ何だよ!?人が落ち込んでる時に追い討ちかけやがって!」 三井が仁王立ちし、拳を握り締めて畳み掛けた。 冷蔵庫から茶の入っている瓶を取った洋平は屈んだまま驚いて三井を見上げる。 「何、そんな落ち込んでたの?三井さん…。」 「…俺の最後のシュートが決まってれば、勝てたんだ。」 落ち込むに決まってるだろ、と沈んだ声の三井が呟いた。 神奈川チームは、勝って国体を終えることができなかった。 確かに三井の最後のスリーポイントが決まっていたら逆転していた。 でももう終わったことだ。 負けはしたが悲観するような成績ではないのだから、くよくよしなくたっていい。 冬に向けて頑張ればいいのに、何をうじうじしているのだろう。 今の三井は花道よりもずっと後ろ向きだ。 三井らしくない。 冷蔵庫を閉め、その前に立ったまま花道の言葉を思い出す。 「花道もこないだ同じこと言ってたよ。俺がリバウンド取ってれば追い付いてたのに、って。」 喉が渇いていたがコップを机の上に置いてきてしまっていたので、 仕方なく持っている瓶に付いた水滴を眺めながら言った。 手が冷たくなってきている。 三井から目を離していたせいで、洋平は彼の顔が曇ったことに気付かなかった。 「…帰る。」 「え?」 声が聞こえたと同時に、三井は短い廊下を大股で玄関へ歩いていた。 「ちょ、ミッチー!?」 洋平は慌てて結局飲まなかった茶を冷蔵庫に戻し、三井を追い掛けた。 「待てよ、ミッチーって、ば。」 外に出て隣の部屋に差し掛かる前に、洋平は三井の手首を掴んだ。 今の時間、隣は留守だが、あまり騒ぐと階下に住む大家に気付かれてしまう。 いつものことだと思われればいいのだけど、三井の怒鳴る声を聞かれたら心配して見に来るかもしれない。 早く部屋に戻って宥めよう、と洋平は思った。 「離せ、」 三井は声を荒げずに拒絶の言葉を吐く。 手を振りほどこうとする三井の顔が見え、洋平はさっきよりも余計に驚いた。 「…アンタ、何泣いてんの…。」 呆然とした声が洋平の口から出てくる。 「……泣いてねぇ。汗だ。」 三井が暴れるのを止め俯いて、いかにも泣いているというような、鼻にかかった調子で強がった。 「…またそんなベタな。」 キレのない洋平のツッコミに、三井が押し黙る。 「そんな顔で帰る気かよ。」 訊ねたが三井は肯定も否定も、何の反応もしなかった。 今日の三井は情緒不安定すぎる。 洋平は三井にわからないような小さい溜め息をつき、掴んだ手首を引っぱって部屋に連れ戻した。 目から、彼いわく汗を流している三井をベッドの縁に座らせ、 いつも三井がいる場所に苦い顔をして洋平は立っていた。 三井は背中を丸めて洋平の足下を見ている。 「…お前、ほんとは桜木が好きなんだろ。」 まだ涙声で、苦しそうに三井が吐き出した。 花道に妬いていることは知っていたが、ここまでだとは思っていなかった。 こんなに泣かれるとは、全く予想していなかった。 洋平が三井より花道を優先していたのは確かだった。 大切な友達で、親友で、家族みたいなものだから。 そう、三井にも言ったはずだ。 思いを告げた時、花道とはどうなのか、と聞かれて。 花道は大事な友達だと、そう言ったはずだ。 しかしどうやら三井は忘れてしまっているらしい。 洋平は三井の顔を両手で挟んで上げさせた。 てのひらが涙で湿る。 「…情けねー顔。」 呟いて唇を落とし、舌を入れようとすると、 「つっ、」 見事に噛まれた。 鉄の味を感じ、これっぽっちも凄みのない三井の潤んだ目が 責めるように見上げてきても、洋平は手を離さなかった。 「…噛むなよ。」 「噛むに決まってんだろ!何考えてんだ!」 泣き止んだらしい三井が口を尖らせる洋平に向かっていつものように吠える。 本当に手間のかかる人だ、と内心で毒づき、同時に安堵した。 「好きだよ。」 顔を固定したまま告げると、涙で濡れた睫が揺れる。 「俺が好きなのは三井さんだよ。花道じゃない。 花道にキスしてぇとか触りてぇとか思わねーもん。考えただけで鳥肌立つ。 …俺は三井さんが好きだよ。」 そこまで言うと洋平は耐えられなくなって手を離してしまった。 触りたいだけではない、とは言えなかった。 照れている場合ではないということはわかっていたが、プライドを捨てられない。 三井の隣に腰掛け、天井を仰ぐ。 洋平の言葉を聞きしばらくの間黙り込んでいた三井が、疑いの眼差しを向けて口を開いた。 「…それって身体目当て、」 「はぁ?」 三井が最後まで言う前に、洋平は素頓狂な声を出した。 身体だけが目当てなら、もっと上手くやっている。 いちいち驚いたり動揺したり喜んだりムカついたりしない。 慰めたい、優しくしたい、なんて思わない。 三井は、そんなに落ち込んでいたのだろうか。 何もかも疑いたくなるほど、落ち込んでいるのだろうか。 そうだとしても、たとえあの時こうなると知っていても、洋平は花道を選んでしまうだろう。 弱っている花道を何とかしようと思うのは、条件反射のようなものなのだ。 洋平にとって花道は、どうしても特別だった。 そして三井も、同じぐらい特別だった。 三井が恐々と洋平に訊ねた。 「…違うのかよ。」 今三井が不安定なのは洋平が花道を優先したせいだ。 負け試合と、あの時焦っていた洋平の応対がマズかったのが重なって、 更に最悪なことにそれから何日も会えなくて、こうなってしまったのだ。 負けただけならきっと、ここまで後ろ向きにはならなかっただろう。 「違う。」 洋平は覚悟を決めて首を振った。 「…俺さ、他人に甘えたことないんだ。親にも。」 呟いた言葉に対し、即座に三井が否定する。 「あ?甘えてるだろ、俺に。」 「…だから。アンタが初めて。」 情けなくて三井の顔が見られない。 こんな話本当はしたくなかった。 より一層三井に甘えようとしている自分を、殴り殺したくなってくる。 気持ち悪すぎる。 でも身体目当てなのかと勘ぐられているよりはずっとマシだと思った。 「…許してくれると思ったんだよ、俺が、花道を優先しても。」 遠回しに許しを乞う。 横目で三井を見ると、彼は真っ赤になって顔を押さえていた。 ちょうどいいタイミングで、洋平はあの時のことを謝った。 「…ごめん。あの時、焦って電話切っちゃって。」 花道が風呂入ってる間に切らなきゃまずいだろう、ということは、 また神経を逆撫でしそうなので心の中に仕舞っておく。 「………もう、いーって、………こっちが恥ずかしいっての………。」 言いながら、三井が抱き着いてきた。 心地いい慣れた重みが肩の上に乗る。 「しょーがねーから甘やかしてやるよ。」 拗ねたような顔で三井が囁いた。 花道のことはまだ納得しきっていないのかもしれないが、とりあえず、 洋平のプライドと引き替えに、三井の調子は元に戻ったようだ。 「どっちが甘やかしてんだか。」 三井の腕を肩に乗せたまま大袈裟に首をすくめてみせる。 「何だよ、いいだろ。どっちも甘えて甘やかせば。」 「…そういうことだね。」 三井の尤もな言葉にすました顔で同意する。 「…お前な…。」 「ん?」 呆れ顔の三井と顔を見合わせて同時に吹き出し、 二人でくすくす笑いながら、ベッドに倒れ込んだ。 花道には幸せになってほしいと思う。 三井とは、幸せになりたい、と思う。 洋平にとっては、二人とも特別な人間なのだ。 |