花火の季節




授業が始まって5日、三井は家と学校の往復しかしていなかった。
そろそろ水戸に触りたい。
学校では会っても大っぴらに触れないので、禁断症状が出そうだった。
いくらなんでも早すぎだろ。
心の中でつっこんだが、触りたいものは触りたいのだ。

夜10時半、飲み物でも買おうと寄ったコンビニであるものを見つけ、三井はそれを買い占めた。
もうバイト終わってるよなぁ、と水戸の顔を思い浮かべながら頬を緩める。
アポなしでもいいや。
今から行ってやる。
三井は一旦家に戻り、今日は泊まってくるからー、
と叫んで返事も聞かず、ビニール袋を持ったまま元来た道を走り出した。


水戸のアパートの呼び鈴は押しているだけずっと鳴り続けるものだった。
ピンポン、といういい音じゃなくて、ブー、という五月蝿いやつだ。
三井は水戸が出てくるまで、そのボタンに指を乗せていた。
「それ止めろっていつも言ってんだろ。」
扉が開いたと思った瞬間に水戸が文句を言ってきた。
三井はやっと指を離して、渋面の水戸にとびっきりの笑顔を向けた。
「久しぶり!」
つられて水戸も笑みのかたちを作る。
「…今日も来ないかと思ってたよ。」
「そのつもりだったんだけどな。いいモン見つけたから。」
部屋に引き返そうとする水戸の手首を掴んで止め、彼の顔の前まで袋を持ち上げる。
水戸が怪訝そうに中を覗き込んだ。
「…花火?」
袋には、残り物らしく小分けにされた花火たちが重なり合って入っている。
「そう。」
「もう時期外れじゃねぇの。」
上機嫌で頷く三井を上目遣いで見て、水をさす。
しかし三井の機嫌はそれぐらいでは悪くならなかった。
「だから安かったんだよ。今年見れなかったし、やってねぇし、ちょうどいいだろ?」
逃がすまいと、掴んだ手を引っ張る。
水戸は溜め息をついて自由な方の手で頭をかいた。
「靴ぐらいはかせてよ。」

月はまだ細く弱々しかった。
三井が花火と共にアパートの前に立っていると、靴が鉄を蹴る音が耳に入ってくる。
月から視線を剥がし、階段の半分ぐらいの所の水戸に不満の声を投げた。
「おっせーよ。」
「へいへい、すみませんね。」
軽口を言い合い、スニーカーに履き替えた水戸が階段を降りてくるのを待つ。
律儀なことに水戸は水の入ったバケツを持っていた。
夜の暗さに乗じて、側に来た水戸の空いている方の手を取る。
水戸の手は相変わらず、三井よりもちょっと小さくてかさついていた。
子供がするように繋いだ手を振りながらすぐそこの砂浜まで歩く。
水戸は水がこぼれるから止めろ、とか言っていたがそれは口だけで、
手を離す様子はなく楽しそうにしていた。


砂浜に座ってビニール袋からごそごそと花火を取り出す。
「あ、マッチとかいるよね?」
向かいにしゃがんでそれを見ていた水戸が忘れてた、と言って立ち上がろうとする。
「まぁ待てって。」
それを制止してから三井は袋の中からプラスチック製の着火装置を探して持ち、
水戸に見えるように腕を伸ばした。
「ほら、ちゃんと買ってきたぜ、チャッカマン。」
「へぇ、えらいじゃん。」
薄い月明かりしかないので顔はよく見えないが、驚いたような声が聞こえてくる。
確かに偉そうにしていた三井は顔を顰めた。
「お前なぁ、俺はガキじゃねぇぞ。」
水戸が元の場所に腰を降ろし、口を押さえながら肩を震わせている。
「ガキでしょ、ガキ。」
「ガキはてめーだろ!笑ってねぇでとっとと袋開けやがれ!」
怒っている風に装って、三井は花火の袋を投げつけた。


「…ミッチー、これ、ヘビ花火…。」
比較的派手な、ネズミ花火やロケット花火を全てやってしまい、
残りの袋の中のひとつを手に取って水戸が呟いた。
「は?ヘビ?」
水戸の手に顔を近付ける。
特に気にせずにカゴに入れてしまったため、三井は自分が買ったものを把握していなかった。
「…どうすんの。」
袋を持ったまま水戸が三井を見遣る。
ヘビ花火は昼間にやるものだ。
とは言っても、残しておいてもそれだけやる時間なんて取れないだろう。
「まぁいいんじゃね?やろーぜ。」
片方の眉を上げ、チャッカマンを持って水戸が袋を空けるのを待った。

真っ黒いたまに、火をつける。
「…すっげーテンション下がる…。」
着火装置を砂の上に置き、のびていく黒い物体を見ながら、
力が抜けていくような気がして三井は溜め息をついた。
「アンタがやるって言ったんだろ…。」
隣にいる水戸の身体からも力が抜けていた。
三井は水戸にくっついて腕を絡めた。
首の辺りに額をすり寄せると重ねていたてのひらを水戸が握った。
ヘビ花火はまだうごめいていたが、もう役目を終えてしまった。
「あとは線香花火だけだっけ。」
「そーだな。…けどもういいや。」
目を閉じて言うと、触れている水戸の身体が揺れた。
「また来年?」
「おう。湿んねぇとこに置いとけ。」
「そうしますよ。」
おどけたような物言いに少し眉を顰めた三井は顔を上げ、水戸を見た。
三井の好きな子供っぽい笑顔が目の前にある。
同じような笑みを返して、三井は水戸の唇に自分の唇を触れさせた。
「そーしなさい。」


時期が外れていようがいるまいが、どっちでもよかった。
ただ花火がしたかった。
でももしかしたら、水戸と会う口実が欲しかっただけなのかもしれない。

覚えているのは花火じゃなくて、それに照らされた水戸の顔ばかりだったから。





小道具で少しは甘さを減らせるかと変な名前のものばかり使ってみましたがやっぱり甘いです。
花火つながりではかないものとリンクさせようか迷ってたけど止めました。
しかしやっぱりちょっとリンクしてるかもしれないです…(どっちだ

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