low moon 耳障りな音に呼ばれた気がして、三井は路地を覗き込んだ。 砂利の上に寝ている三人の男と、立っている二人の男が見える。 見覚えのある小柄な男がもう一人に拳を叩き付けた。 殴られた方は悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちた。 三井を呼んだのは、人を殴る時の、拳が肉にめり込むその鈍い音だった。 一方的な暴力が終わり、水戸はつまらなさそうな顔で倒れている男の頭を蹴った。 男は小さくうめいただけで、起き上がる気力はないようだ。 三井は逃げよう、と思った。 だが、足がすくんで動かなかった。 少しも、1ミリも、動けなかった。 水戸は落ちてきた前髪を気にも止めず、まっすぐ三井に近付いてくる。 三井は息をすることも出来ないでいた。 三井に気付いた水戸が足を止める。 「…三井さん。」 水戸の声が体にまとわりつく。 目が離せない。 「見てたの?」 「…あぁ。」 問われて、かすれた弱々しい声を何とか捻り出した。 水戸洋平は、ひとに怖がられるような人間ではない。 いつも温和な笑みを浮かべ、誰からも頼りにされている。 三井の水戸への認識は、そんなものだった。 「寒い?」 真夏にこんな質問をするなんて、狂っている。 普通ならこう返事をするところだ。 しかし今、三井は確かに寒いと感じていた。 三井の歯はがちがちと音を立てている。 震えをどうにかしようと、てのひらで口を押さえた。 やっと目をそらすことが出来て、内心ほっとする。 「三井さん。」 名前を呼ばれ、せっかくそらした目をまた水戸へと戻してしまう。 「俺が恐いの?」 水戸が温和とはほど遠い笑みを浮かべて言った。 三井は体育館で水戸に殴られた時のことを思い出していた。 水戸は今、あの時と同じ目をしている。 三井の認識は間違いだった。 胃の辺りに不快感を覚え、口を押さえている手をそこまで下ろした。 今殴られたら、絶対に吐く。 水戸は笑みを張り付けたまま三井を見据えて言った。 「調子悪そうだね。うち、近いから、寄ってく?」 嫌だと言えるはずはない。 絶対的な力。 見えない手に引かれているかのように、三井は水戸の後ろに付いて行った。 家に着くなりベッドに転がされる。 「ほんとに顔色悪い。」 言いながら水戸は三井に馬乗りになり、三井のシャツのボタンを引きちぎった。 体を倒して、息を飲む三井に顔を近付けてくる。 「いいよね、宮城さんは。羨ましい。俺もこれぐらいやればよかったな。」 三井の顎にある傷跡を水戸の指が執拗に撫でる。 三井は目を閉じることが出来ず、浅く息をしながら耐えていた。 「…ッ!」 撫でられていたそこに急に痛みが走る。 水戸が血で濡れた指を赤い舌で舐めた。 カラカラに渇いた三井の喉が、水分を求めて動く。 水戸が冷たい笑顔を向け、三井に最後の言葉を告げた。 「殺してあげよっか。」 水戸の手がいとおしそうに三井の頬に触れた。 ゆっくりと傷をなぞり、そして首へと下りていく。 手も足も、指の先さえ動かせない。 静かだった。 手に力がかかり、呼吸がしづらくなる。 「…っ、は、」 頭の中が白に侵されていく。 息が出来なくなっても、三井は水戸のぎらぎらした目を見つめていた。 「うっ、ぐ、」 三井の意思とは関係なく、酸素を求めて口が開閉される。 まるで池にいる鯉みたいだ。 水戸も滑稽だと思っているだろう。 三井は笑おうとしたが、それはかなわなかった。 意識がなくなる直前、水戸の手が離れていった。 あまりに突然だったので、三井は動揺し咳き込んだ。 涙や涎で顔がぐちゃぐちゃだ。 ひゅう、という妙な音が、自分の体から聞こえた。 「…なんかもったいなくなった。」 息の整わない三井を見下ろして水戸が言った。 「あんた、まだ使い道ありそうだから。もうちょっと生きてていいよ。」 茫然とする三井を残して、水戸は洗面所へ消えていった。 三井は閉められた扉の音を聞き、そのまま目を閉じた。 →続きます。 サディスト洋平を書こうとしたらこんなことに。 普通の設定じゃないです。何か異次元っぽいイメージで書いてました。 |