half moon




洗面所から出てきた水戸は、我が目を疑った。
ベッドの上で三井が目を閉じている。
「…み、」
死んだのかと思い駆け寄ったが、はだけられた胸は上下していた。
「…なんだ。」
死んでないのか、と言うつもりなのか、それとも、生きていて良かったと言いたいのか、
どちらも違うような気がして、水戸は口を噤んだ。

安心しきった顔で眠る三井を見下ろす。
三井の首は水戸の手の形に変色していた。
目を覚まさない三井に背を向けてベッドの横に座った。
机の上にあった煙草の箱から1本取り出し、火を付けずに戻す。
「…。」

煙草を控えるようになったのは、親友の体調を気遣ってのことだった。
身体に害のあるこの煙を、わざわざ吸わせる必要はない。
無邪気な親友を見ていると、自分の中のドロドロしたものがなくなっていくような錯覚を覚えた。

水戸は、親友とは正反対の位置にいる男の顔を見た。
さっきまで自分を殺そうとしていた男の部屋で、何故こんな顔をして眠れるのだろう。
疑問が湧いたが、水戸の顔には何の感情も出なかった。
その代わりに規則的な三井の呼吸を止めたくなる。
伸ばしかけた手を戻し、三井から無理矢理視線を引き剥がす。
仕舞った煙草をまた取り出すと今度は火を点けて息を吸い込んだ。
肺の中に煙が充満する。

いつからこんな風になったのだろう。
ずっと昔から、他人の身体に傷が付くのを見るのは好きだったような気がする。
他人を殴ると満足感を得ることが出来る、そんな狂った人間だった。

煙を吐き出し、まだ長い煙草を灰皿で揉み消そうとして、思いとどまる。
再度三井に目を向けた。
露になった無防備な胸の上に、煙草を持った右手をかざす。
このまま火のついた煙草を押し付けたら、三井は泣き叫ぶだろうか。
可笑しくなってきて、水戸はくくっ、と喉を鳴らした。
いつも聞こえる蝉の声も、今日は聞こえなかった。

ひとつだけわかっていた。
あの時、体育館で、水戸は初めて人を殺したいと思ったのだ。
向かってくる三井を滅茶苦茶に壊してやったら、きっと満足して自分も死ねるから。

段々と、煙草はただの灰に変わっていく。
鼓動が早くなる。
頭の中で誰かが水戸に命令した。
『手を下ろせ。』
水戸の肩がびくりと震えた。

水戸が肩を動かした拍子に、灰だけが三井の胸に落ちていった。
「…っ!?」
覚醒した三井が身体を起こして水戸の顔と煙草を交互に見ている。
水戸は顔を背け、灰皿に、煙草を押し付けた。
力任せに潰した吸い殻は見るも無惨な状態になっている。
水戸は指に火傷を負ったが、熱さも痛みも感じなかった。
「それぐらいじゃ跡は残らないね。」
灰によってつけられた三井の火傷に目を向けて水戸は呟いた。
三井は返事をしなかった。
殴ろうかと思い、顔を見上げる。
「…、」
迷いのない三井の視線と、不安定な水戸の視線が合わさった。
「…水戸。」
名前を呼ばれ、意味もなく苛立つ。
意識の中に黒いものが押し寄せてくる。
それに呑み込まれる前に、水戸は三井を押し倒して噛み付いた。
何も聞きたくない。

抵抗しない三井を見て、水戸は思った。
きっとこの人も、狂っているのだと。







   洋平が本格的に病んでてやばいですね…。
   これでおわりと思ったけど更に→続きます。