新しい親交




俺は急いでいた。
急いでいた、が、部活帰りで疲れているので、急いでいるようには見えないかもしれない。
腕時計を見る。
今、8時半。
あいつのバイトは8時までだ。
ああ、こりゃ、やばい。

「ただいまっ!」
家の扉を開け、叫ぶ。
新しい母さんが柔らかい声で返事をした。
「おかえりなさい。寿くん。」
「ただいま。なぁ、律ちゃん、水戸は?」
律ちゃん、って呼ぶのは、母さん、とかオフクロ、とか呼ぶのがまだ気持ち悪いから。
桜木がこう呼んでいるって聞いて、俺も真似をさせてもらうことにした。
「あっ…」
水戸とはあんまり似ていない、律ちゃんの笑顔が曇る。
やっぱり、もう帰って来ているらしい。
俺はげんなりしてソファに座った。
「ごめんね、先にご飯食べる?」
「いや、フロがいい。」
「そうよね…。」
俺が力なく首を振ると、困ったように口許に手をあてた。
そんな顔されたら、こっちがちょっと困る。
「オヤジは?」
「今日は9時ぐらいだって。」
「ふーん。」
水戸が帰って来たのが8時過ぎで、それからすぐフロに入ったとすると…、
「…俺、様子見てくる。」
俺は荷物を置いて立ち上がった。


浴室のドアをドンドン叩く。
「おい、水戸!早く出ろ!っつーか、起きろ!」
練習中みたいな大きい声は出せないが、結構な大きさの声で喚いた。
しばらくそうしていると、中から水戸の声が響いてきた。
「起きてるよ…うっせぇなぁ…。」
それのどこが起きてるよ、って声なんだ。
思いっきし眠そうな声しやがって。
俺はこめかみを押さえて怒鳴った。
「ならとっとと出ろ!」
「え?まだあんまり時間経ってなくねぇ?」
のんきな声にまた怒鳴る。
「俺が入りてぇんだよ!」
もうすぐオヤジが帰ってくるのだ。
急いで入って急いで上がらねーと。

いつものことながら、こいつの長風呂には付き合っていられない。
放っとくと1時間も2時間も入っているなんて、最初は本当に信じられなかった。
俺なんか5分で終わりだってーのに、何でそんなに時間がかかるんだ。
シャワー派とフロ派の違いか?
フロ入るだけでそんなにかかるもんか?
ほんっとーにわかんねぇ。
たまに寝てるからって言われたけど、寝るならベッドで寝た方がずっといいじゃねーかよ。
つうか、あの時はたまにって言ってたけど、いつも寝てんじゃねぇのか?
何で溺れねぇんだ?
俺はまたドアを叩き出した。
「早く出ろって言ってんだろ!」
「あー…わかったよ、…そんなに入りたいなら入ってこれば。」
水戸がうんざりしたような声で言った。

あ、そっか。
そうすりゃいい。
入っていって文句言われても、向こうから言い出したんだしな。
あいつが悪い。
俺は黙って素早く服を脱いだ。
突然静かになったので水戸は多分首を傾げているだろう。
タオルを持ち、さっきまで叩いていたドアを開けた。
予想通り首を傾げていた水戸と目が合う。
「えっ。」
「…。」
驚く水戸に向かって無言でタオルを放り投げた。
「…。」
おもしれー顔だと思ったけど、やっぱり何も言わずにプラスチックの椅子に座った。
熱気で暖まってて微妙にぬるい。
シャワーヘッドを取って、蛇口に手を伸ばす。
水戸は浴槽のふちに腕を置いて組んで、そこにタオルと顎を乗せて、じっと俺を見ていた。
さすがに気になる。
「…何だよ。」
横目で見ながら訊くと、悪びれるふうもなく水戸が言った。
「いや、普通だなぁと思って。」
「…何がだよ。」
「何って、ナニがだよ。」
…ナニってナニかよ。
思わず下を見る。
水戸の口から下ネタが出るとは思わなかった。
まぁ普通は気になるか。
俺もちょっと、気になるかも。
「花道、でけーんだよ。身体に比例して。」
「あー、あいつはでかそーだな。」
シャワーから出る水がだんだん暖かくなっていく。
「あんたは背は高いのに普通だな。」
「うっせぇ。そう言うてめーはどうなんだよ。」
「え、俺?アンタと変わんねーよ。」
ちょうど良い熱さになったので、頭から湯をかぶった。
そうか、変わんねーのか…。
何かちょっとムカツク。
それにしても、フロの邪魔しててっきり文句でも言われると思ってたけど、結構普通だな。
拍子抜けしちまった。

話すのを止めてソッコーで頭を洗った。
いつもこんなもんだ。
頭洗って身体洗ってシャワー浴びて、終わり。
ハラ減ってるから、フロには入らない。
頭を振って水を切っていると、水戸がタオルを差し出した。
「…飛ばすなよ。」
そういや、いたんだった。
静かだから忘れちまってた。
どうやら水滴がかかったらしく、顔を顰めている。
「わりぃ。」
苦笑いでタオルを受け取る。
「それ、ミッチーのだったんだ。」
水戸はそのまま俺のシャンプーを指差した。
「あぁ。」
うちには今、3本シャンプーのボトルがある。
ひとつは俺の。リンゴの匂いのやつ。
2本目は俺が1回使って拒否した、オヤジが使ってるやつ。
なんかハーブの匂いらしい。
3本目は、もうちょっとしか残ってない水戸ん家から持ってきたやつ。
花の匂いだって律ちゃんが言ってた。
多分水戸もこれを使ってる。
…って、把握してるの俺だけだったりして。
「じゃ、それ何?」
水戸がハーブの匂いのボトルを指差した。
マジでそうなのか?
俺はいきさつを説明した。
水戸の表情が険しくなっていく。
「…アンタ、わがまま…。」
「しょーがねーだろ、変な匂いだったんだから!」
自分でもよくわかっていることを他人に指摘されると、反発したくなる。
兄弟でも、義理だしな。
他人だ、他人。
たまに兄弟だってこと忘れそうになるし。
「…。」
「何だよ、その目は。」
いいじゃねーか、オヤジはいい匂いだって言ってるんだからよ。
「べつに…。」
言いたいことがあるならハッキリ言えってんだ。
そりゃ、言われたら怒るけどな、俺は。
「おい、水戸。」
ボディーソープを泡立てながら水戸に呼び掛ける。
「何。」
「俺のシャンプー使うなよ。」
「………アンタって…………。」
水戸はそれ以上何も言わなかった。
っていうか、言えなかったのか?


「え、ミッチー、入んないの?」
身体洗ってシャワーも浴びて、これで終わりってことで浴室を出ようとすると
水戸が信じられねぇって顔で俺を見た。
信じられねぇのはこっちだっつーの。
途中で上がるかと思ったのにずーっと入ってやがった、こいつ。
ありえねーよ、マジで。
「もしかしていつも入んねぇの?風呂浸かった方が疲れ取れるのに。」
「だからってお前は浸かりすぎだ。」
「そう?」
「そーだよ、自覚ねぇのかよ…。」
せっかく立ったのに、俺はまた椅子に逆戻りした。
今すげぇ疲れた、俺。
ほんとにフロ入って疲れ取れるなら入ってもいいってぐらい。
「…入るから詰めろ。」
溜め息をついて水戸を睨む。
「あ、入るんだ。」
「悪いかよ。」
「悪くねぇって。」
なんでこんなのが弟なんだ?
と思いつつ、そんなに嫌じゃねぇのがちょっと悔しい…。

「ぬるっ!!」
何も考えずに浴槽に入った俺は驚いて目を見開いた。
なんだ、こりゃ!?
湯?湯って言えんのか!?
水の方が近くねぇか!?
しかも量少なくねぇか!?
「あれ、ぬるい?ちょうどよくねぇ?」
焦る俺に対して、水戸はのほほんと笑っている。
「お、お前、お前ぜってーおかしい!これ何度だよ!?」
俺は蛇口側にいる水戸の肩を掴んで押し退け、設定温度を確かめた。
シャワーは、40度で、…風呂は。
39度。
「…。」
俺はいつもこの表示を見ていなかった。
シャワーの温度なんて、あんまり気にしたことなかったからだ。
「ミッチー?」
「…お前さ、いつもこれ?」
「そうだけど。」
ちなみに俺が風呂に浸かる時はいつも、42度ぐらい。

…こいつとは一生わかりあえねぇ!!

「…もう上がるからな。」
オヤジはもう帰っているだろう。
だから早く出ねぇと。
俺はとりあえず、今見たことを忘れることにした。
「え、もう上がんの?じゃ俺もそろそろ出るか。」
…忘れよう。
これも、あれだ。
文化の違いってやつだ、うん、多分。
いくらあきらめない男の俺でも、たまにはあきらめることも覚えねーと。
わかりあえねーとか言ってる場合じゃないよな!
一緒に住んでんだからな!
こいつはこれでいいんだろう…、うん…、多分…。
俺は身体を拭いている水戸を何げなく見た。
「…なぁ。」
「…ん?」
「…お前、俺よりでかくねぇ?」
「…。」





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色気のかけらもなくてスミマセン。義兄弟の続きです。題が思い付かなくてやばいです。
リンゴの香りのシャンプーってあるんですね。(調べた)ちょっと使ってみたいっす。
温度設定に関しては平均がわからないですがミッチーは熱いのが好きで洋平はぬるいのが好き。
ミッチーはカラスの行水で、洋平は長風呂。噛み合わなさが楽しかったです。