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新しい感情 三井さんが倒れた時、俺の心臓はこれまでにない早さで動いていた。 人生で一番動揺していた。 ボールばかり追っていて、あの人の真っ青な顔に気付いていなかったんだ。 突然だったから、だからあんなに動揺した。 ただそれだけだ。 家に帰ってきた俺はソファに沈みこんだ。 親は二人とも今日も仕事、三井さんは皆と安西先生に報告に行っている。 まだしばらく帰ってこないだろう。 一人の家は無駄に広く感じた。 テレビをつけてみてもつまらない番組しかやっていない。 10分ほどぼけーっとそれを見ていたが耐えられなくなり、体を起こした。 ミッチー、大丈夫かな。 顔色も戻ってたし、病院にいるんだから倒れても何とかなるだろうけど。 やっぱり心配だ。 テレビを消した姿勢のまま考え込む。 あの時もちょっと思ったけど、もしかして俺は、 いつの間にかあの人のことを兄弟だと認めてしまったんだろうか。 でなきゃこんなに気になるなんて、絶対ヘンだ。 溜め息をついて立ち上がる。 玄関へ向かい、ふたつの鍵を取った。 家の鍵と、原付の鍵。 俺は駅まで三井さんを迎えに行くことにした。 絶対ヘンだけど、この静かな家でじっとしているよりはいい。 そうだ、ただの気分転換だ。 今の俺には気分転換が必要だ。 原付なら駅まで二分とかからない。 そんなに早く行っても待たされるだけだろうと思い、制限速度以下でゆっくり走らせた。 危ないけど景色を見ながら。 何せ気分転換ですからね。 駅前の自転車置き場の前に原付を停め、駅から出てくる人が見えるようにその上に座った。 二、三度人の波が通りすぎていっても、俺が待っている男は現れなかった。 衝動的にここまできてしまったことに後悔し始める。 もう帰ってしまおうか。 迎えに来たなんて言ったら何を言われるかわからない。 言い訳を考えるのは面倒だし。 平気な顔して家で待っていれば良かった。 それはそれで心配しろとか文句を言われそうだが、いちいち緊張しなくていい分そっちの方がラクだ。 帰ろう。 そうしよう。 考えているうちに動けばいいのに、何で次の電車から出てこなかったら、とか思ってるんだ。 何をやってるんだか、自分がわからなくなってきて俺は肩を落とした。 そろそろ次の電車が来る頃だ。 ガタガタと鉄の揺れる音が響き、辺りが騒がしくなる。 俺は顔を上げなかった。 ここにいて見付からないなんてことはありえないけど、 今の電車に乗っていたなら俺に気付かないで帰ってくれと願う。 迎えに来たはずなのに気付くなとは、本格的に俺はおかしい…。 座ったまま無意識に左足の踵で原付を蹴っていると、怪訝そうな声に名前を呼ばれた。 「水戸?」 当たり前だが見付かってしまった。 タイミング悪く本当に今の電車に乗っていたらしい。 俺は三井さんを見上げた。 「何やってんのお前。」 よかった、と思った。 三井さんはいつも通りの顔をしていた。 俺を見て少し首を傾げているけど、顔色は悪くない。 元気そうだ。 「もしかして待ってたのか?」 ほっとして気を抜いていた俺に三井さんが訊いてくる。 「…まぁそんなもん。」 どう見ても待ってましたって顔をしてた俺は、 否定しても嘘っぽすぎて意味ないな、と思い素直に肯定した。 原付から降り、メットインを開ける。 決まりが悪くて目を合わさない俺に、三井さんが微笑んだ。 「そんなに心配してくれたわけ?」 もっとつっこまれると思ったのに、意外にもそれだけだった。 数えるほどしか使っていないヘルメットを取って差し出したが、 三井さんは顔を顰め、それを受け取ろうとしない。 「これって二人乗り駄目なんじゃねーの?捕まったらどーすんだよ。」 元不良のくせに真面目なことを言う。 確かに今捕まったらやばいよな、と思いつつ、俺は不良らしく答えた。 「大丈夫だよ、多分。今まで捕まったことないし。」 「…多分って。」 「もし捕まったらアンタ死にそうな顏しといて。病人を運んでるとか言えば何とかなるでしょ。」 普通に会話しているうちに俺の調子は普段通りに戻ってきていた。 「…ほんとかよ。」 「だから多分。」 渋い顔をしている三井さんに平然と答える。 三井さんはがしがしと頭をかいて、 「ま、せっかく迎えに来てくれたんだから乗ってやるか。」 偉そうにヘルメットを受け取った。 すっかり元気だな、この人。 心配して損した。 何であんなに心配してたんだろう。 溜め息をつきながら、でもやっぱりどこか安心して、原付を動かす。 「落ちんなよ、ミッチー。」 「落ちねーよ、バカ。」 俺は後ろに三井さんを乗せて、家まで飛ばしに飛ばした。 妙に暑くてゆっくりなんてしてられなかった。 夏に二人乗りなんかするもんじゃない、ということを身に沁みて感じていた。 「ただいまー…って誰もいねーか。」 ミッチーが自分にツッコミを入れながら靴を脱いでいる。 原付を片付けてきた俺はそれを聞いて何も考えずに口を開いた。 「おかえり。」 玄関を上がったミッチーが振り返り、穴が開くかと思うほど俺を見つめる。 俺は自分も靴を脱ぎつつ、顔を顰めた。 「…何。」 あんまり見られると居心地が悪い。 ふたつの鍵を所定の位置に置き、ミッチーと同じ高さに上がる。 「…そっちもおかえり。」 ものすごく照れた様子のミッチーが言った。 そういえば俺、さっきもただいまとか言ってなかったな。 俺を視界に入れまいとしているようなミッチーを上目遣いに見る。 「…ただいま。」 「おう。」 俺が言うと頷いて、ミッチーは先にリビングへ行ってしまった。 照れるぐらいなら言わなきゃいいのに、と思って、俺はその場で声をひそめて笑った。 何やってんだーというミッチーの声が家中に広がる。 ミッチーひとりいるだけでなんでこんなに五月蝿くなるんだ? 一人でいると無駄に大きく感じた家も、今は狭いぐらいだ。 ほんと、飽きないよな、ミッチーといると。 笑顔のままリビングへ向かった俺は、ミッチーにヘンな顔をされた。 「お前、何笑ってんだ?」 …全部あんたのせいだよ、ミッチー。 |