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犬2-1 暑い。 犬が横で寝てるからってだけじゃ説明がつかないほど暑い。 昨日はこんなに暑くなかったのに、いきなり夏になったのか? 寝てられなくなって目を開けたら、 「おはよう」 本物……、じゃない、人間のヨウヘイが俺を見て微笑んだ。 「おは……よう?」 不意打ちをくらった俺は横になったまま首を傾げた。 昨日水戸は家に来たんだっけ? 来たのは犬じゃなかったっけ? 犬はどこいったんだ? ぼやぼやしていると水戸の指が頬をつねってきた。 鈍い痛みを感じて俺の手にも力が入る。 今気付いたけど、暑かったのは水戸のことを抱きまくらにして寝てたからだった。 「ミッチー、起きた?」 水戸が俺の頬から手を離し、じっと見つめてくる。 やっとちゃんと目が覚めたと思った瞬間、顔を背けてしまった。 ヨウヘイなら平気だったのに、水戸とは見つめ合っていられない。 というかなんでこの状況で見つめ合わなきゃいけねぇんだよ。 水戸が俺を見るのを止めて軽く息を吐いた。 そりゃ溜め息かよ。 ……俺、嫌な予感がしてきたんだけど。 まさかな、そんなことあるわけねぇ。 人間が犬になるなんて、何のマンガだよ。 バカだなー。 って無理矢理思い込もうとしても、その嫌な予感は消えてくれなかった。 「起きたけど、……なぁ、犬は」 不安を隠せない声で恐る恐る訊いてみる。 だってそれ以外にコイツがここにいるこの状態を説明できねぇよ。 緊張した俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。 バツが悪そうに水戸が緩く首を振る。 俺が邪魔で首から上と片手ぐらいしか動かせないみたいだ。 動かせない方の手は俺の腰の辺りに敷かれていた。 「ごめん、あの犬、俺」 ほーら、やっぱり。 人間が犬になったんだ。 だから何のマンガなんだ、それは。 いや、そうじゃないな、さっき起きたと思ったのは気のせいで、俺はまだ寝てるんだ。 今までもたまに見てたしな、水戸が出てくる夢。 今までの夢では水戸は桜木を見てたけど、俺を見てくれたことなんか一度もないけど、そうだ。 これは夢だ。 そういうわけにいかねぇか? 「でもびっくりしたよ、俺の名前付けるから、犬が俺だってわかってんのかと思った」 ……いかねぇらしい。 水戸の話は昨日と繋がっていた。 やっぱり、どうしても、これは現実みたいだ。 俺は顔をゆでダコみたいにした。 タコは嫌だ、カニにしてくれ、高級だから、とか現実逃避してしまうぐらい恥ずかしい。 最悪すぎる。 今更後悔しても遅いけど、やっぱりあんな名前付けるんじゃなかった。 スキだって言ってるようなもんじゃねーか。 そうだろ、好きでもなきゃ自分の飼い犬に男の後輩の名前付けるわけねぇ。 告白したのと同じことだ。 今まで必死に隠してきたのに、全部おしまいだ。 終わってる。 こんな最悪な気分なのにどうして俺は水戸を離さないんだろう。 ベッドから蹴落として頭からふとんをかぶってしまいたい。 もう一回寝て起きたら、誰もいないかもしれないし。 もし途中でふとんはがされてもその時はその時だ。 そういえば、抱きまくらにされてんのに水戸は嫌じゃないのか? 何で抜け出さねぇんだ。 どっかいってくれよ。 真っ赤な俺が黙っている間も、水戸は昨日のヨウヘイと同じように、ずっと俺の腕の中に収まったままおとなしくしていた。 合わせられない視線をさまよわせる。 視線の先にあるのは、何故か肌色ばかりだった。 何故か、じゃねぇだろ、簡単だ。 服着てねぇからだ。 顔色は自分じゃ見えないけど、体温がどんどん上がっていくのを感じた。 タコカニ通り越してトマトぐらいになった……と思う。 心臓に悪い。 でも、そうか。 裸だから、離れたら寒いからくっついたままなんだな、きっと。 こうしてるのが気持ちいいからじゃなくて、ただ寒いから。 寒いよな、そりゃあ、裸じゃ寒いよな。 俺はさっきよりもっと暑くなって、ヘンな汗も出てきた。 気持ちいいとか何とか思ったのがマズかったみたいだ。 だからすぐにでも離れたかったけど、何でか手が動いてくれなかった。 磁石でくっついちまったかな。 俺の部屋、磁石なんてあったっけ? 冷蔵庫にくっつけてあるのは覚えてるけど、台所だし、……ここにはねぇよなぁ。 じゃあ、ボンドとか、多分その辺に転がってんだ。 それで夜のうちにくっついちまったんだ。 だから、離したくても離せねぇんだ。 「あんたの親父さんに拾われるとは思わなかったよ」 俺も、オヤジが犬の状態の水戸を拾ってくるとは思わなかったぜ。 本当に、本当の本当に、あの犬ってお前だったんだよな? 未だに信じられない、つか、すぐ信じる方がおかしいか。 そもそもどうやって犬になったんだよ。 元が犬でこっちが変身後じゃ、ないよな……まさか。 「花道のとこへ行く途中だったんだけど道間違えてさ。疲れてたし、拾ってもらってよかった」 水戸の口から出た名前を聞いて、上がっていた体温が急降下した。 何も言えない。 また桜木かよ、って絶望感みたいなのが心の中を埋め尽くした。 やっぱ俺の入る余地なんかねーのかな。 桜木のとこへ行こうとしてたってことは、あいつは水戸が犬になることを知ってるのか。 嫉妬なんかしても意味ない、したくない、と思っても、思考は止まらない。 俺は服着てるけど水戸は裸で、抱き合って寝てるのに、俺たちって友達ですらねぇんだよな。 ただの、知り合い。 俺、水戸のこと何も知らねぇし。 知ってんのって、歳と学年とクラスと、ケンカが強いってことと、頭の回転早いってことと、 バイトしてるってことと、……桜木と仲よすぎってことぐらい。 なんで犬になんのかぐらい、訊いてみっかな。 こんなことになってんだから、教えてくれるだろ。 「水戸」 俺の声は暗く沈んでいるけど、もう何か、どうでもいいやって気分になってきた。 どうせ好きだってバレてるんだ、落ち込んでる理由ぐらいわかるだろ。 隠すのも、もういい。 もうバレちまったんだから、今更隠したってムダだって。 「何で犬になるんだ?」 この低いテンションに似つかわしくない話題だ。 こんな冗談みたいなこと、真剣に言ってる俺はおかしい。 水戸が苦笑いしているのは、同じこと思ってるのか、それとも俺が暗いせいかな。 「うちの親、あ、父親ね、変身薬の研究してんの。それで俺昔から実験台にされてるんだ」 ……何、それ。 すげぇ怪しすぎんだけど。 「で、昨日も朝、薬呑んだんだけど、効き目がなくてさ。そのまま学校行って、一応早めに帰ってたら、途中で変わっちまって、花道の家に避難しようにも、別の駅で降りたから道わかんねーし、子犬だから小せぇし体力ねぇし、水たまりにハマるし、もう散々だったよ。子犬になるなんて聞いてねぇっつーの。これ多分失敗だね、子犬はともかく、あんなに効くの遅い薬、使えねぇよ」 怒濤の説明を聞いて、俺は呆気にとられてしまった。 マジで、何、それ。 「わかってもらえた? ……信じられねぇ?」 水戸が様子を窺うように顔を覗き込んでくる。 信じられない? いや、信じる、信じるって。 信じるしかないだろ、昨日いなかったお前が今ここにいるんだから。 しかも犬はいなくなってるんだから。 怪しすぎるけど、信じるしかないだろ。 お前が言うんだから。 ……それに俺、小さい頃ヒーロー物とか好きだったんだよな! ちょっと違うか。 でも、すげぇよ、変身薬! 皆が使えるようになるってわけにはいかないかもしれないけど、 捜査とか、悩んでる人とかの役に立ちそうだし、ヒーロー物じゃなくても世の中が平和になりそうだ。 まだ実験中で、今回は失敗してこんなことになっちまったが、もうちょっと時間をかければきっと成功する。 と思う。何せ犬になれるんだ。 子犬になるなんて聞いてねぇって水戸は言ってたから、研究が成功したら多分、 犬だけじゃなくて何にでもなれるようになるんだよな。 今、桜木にでも?って思ったけど、それは記憶から捨てとくことにして。 そういう日がきたら、いいよな。わくわくするよな。 だから、 「なぁ、俺もやりてぇ!」 水戸がすごく嫌そうな顔をしていても、水戸の親父さんに協力したいと思った。 完璧に機嫌が直ったわけじゃないけど、俺の目はきっと今輝いている。 下心があるからじゃない。 俺は今何とか戦隊何レンジャーを見ている子供になった気分でいた。 「……冗談、」 で済ませたいらしい水戸の言葉を遮る。 「じゃねぇ! マジで、俺もやる!」 バスケやってる時以外でこんなに燃えることって、あんまりねぇよな、というぐらい俺は燃えていた。 変身できるなら、桜木よりこいつになってみたい。 こいつの姿になってみれば、何考えてんのか、ちょっとはわかるかもしれねぇ。 うん、やっぱり楽しそうだ。 浮かれている俺とは反対に、水戸は顔をしかめていた。 「しんどいだけだと思うけど」 今までの経験を思い出しているのか、げっそりと大きな溜め息をつく。 「いいんだよ、俺がやりてーんだから」 キラキラした俺の瞳とげんなりした水戸の視線がぶつかった。 今は逸らしちゃダメだ。 今逸らしたらきっと、『やっぱり止めときなよ』って言われてしまう。 ここは我慢、ガマンだ。 「……わかった」 勝った。 水戸が先に視線を外し、疲れた様子で体の力を抜いた。 そういえば俺の手はまだ水戸を抱きしめたままだった。 抱き枕使うと余計寂しい気がして買わないでいたけど、買った方がいいのかもしれない。 すげぇ落ち着くから、と思ったけど、落ち着くのはこの抱き枕が水戸だからかなぁ。 「じゃあ、今度、家来て」 「な、お前今日バイトか?」 俺はいつの間にか悩むのを止めていた。 「え? いや、今日は休みだけど」 桜木がどうのってのはいつも通り頭の隅に追いやった。 「なら今度じゃなくて今日行く。いいよな?」 スキってバレても普通にしてくれてんだから、脈全くナシってわけじゃねぇみたいだし、 ……少なくとも嫌われちゃいないだろうし、 「あーもう、どうにでもしてくれ……」 ひとりでうだうだ悩んでるより、放課後を楽しみにしとく方が、健康的だからな! |