私を旅館に連れてって。その3




何事もなかったかのように、俺は騒いだ。
さっきのことを思い出したらこいつらにうるさく言われそうだから。
エロいとかエロいとかエロいとか。
あれを俺に聞かれたことに、桑田たちは気付いていないようだった。
桑田を見て俺が吹き出しても、何が何やらって顔してたから。

酒がなかなか来ねぇな、って思ってたら襖が開いた。
「水戸。」
俺の隣に座っていた宮城が気付いて手を上げる。
俺は宮城のあとに今気付いたという顔をして振り向いた。
「酒、差し入れに来ました。なかったら誰かさんが怒ると思って。」
俺に目配せしながら水戸が口の端を上げた。
このヤロウ。
「そりゃ誰のことだ?」
水戸の言いたいことを理解しつつとぼけると、
宮城と桜木に缶ビールの詰まった袋を渡しながら水戸が笑った。
しかしこりゃ重そうだな。
全部買い占めてきたのか?コイツ…。
「ミッチーだな。そーだろ、洋平。」
珍しく桜木が鋭いことを言う。
赤木は酒を見ても一言も小言を言わなかった。
これも珍しい。

「親には言ってないんで、バレないように気を付けてくださいね。」
全員に缶が行き渡った時、水戸が釘をさした。
そういえば水戸のかーさん、未成年なんだから酒と煙草はやめろってうるさかったっけか。
「わかった。」
顔をしかめて赤木が言った。
「頼みます。…と、ミッチー。」
「何だよ?」
だからミッチーは止めろっつってんだろ、って目で水戸を睨む。
「あとで様子見に来るから、あんまり呑むなよ。」
またそれかよ。
大概しつこいよな、こいつも。
「わかってるって言ってんだろ!」
水戸の足をばしっと叩いて、俺は水戸に背を向けた。
ベタベタしてるとばれちまうからな。
「…じゃ、またあとで。」
後ろで水戸が短く息をついた。
「なんだ、洋平は混ざんねーのか?」
静かに座っていた桜木が出ていこうとする水戸を引き留めた。
「あぁ、ちょっと用あるから。」
水戸は曖昧な笑みを浮かべる。
いつもと微妙に違うことに気付くのは俺と桜木だけ。
水戸が今何考えてんのかわかんのは、多分俺だけ。
だと思いたい。
「そうか?」
「そ。お前も呑みすぎるなよ?花道。」
「おー。」
きっと水戸はまた、自分は部外者だとか思ってんだ。
バカだからな、あいつ。
あとで慰めてやるか、と思いつつ、缶のフタを開けた。
泡が少し零れ出る。
「んじゃ、カンパーイ。」
勝手に乾杯の音頭を取って、俺はビールを胃に流し込んだ。
ちょっと、苦かった。


1時間後、木暮や宮城が止めるのも聞かず呑みまくった俺は、すっかり酔っていた。
1本目で潰れてしまった桜木と流川の分と、呑むのを躊躇っていた1年の分も、
全部俺が呑んでやったからだ。
ちなみにその後赤木の2本目も奪って呑んでやった。
何か皆怒らなくて変な感じだったけど、とにかく俺は呑みまくった。
…普通なら誰か、赤木か宮城辺りに、力づくで缶取られるところなのに。
何故か誰もそうはしなかった。
むしろ俺は、そうして欲しかったんだけど。

最後の缶を持って、熟睡している桜木と流川の側で油性ペンがないのを残念がっていると、
水戸のかーさんが部屋に入ってきた。
女将ですとか言って自己紹介してる間、皆が水戸の言葉を思い出して酒の残骸を隠そうとしていた。
俺は話をろくに聞かないで、覚束ない足取りで水戸のかーさんの所へ行った。
勿論缶を手にしたままだ。
「げっ、三井サン、」
宮城が焦っている。
「…お酒ね。」
顔を顰めている美人のかーさんの前に、倒れるように座った。
「ビールだよ、ビールぅ。」
ネジが外れた声で笑うとそこら中から溜め息が聞こえてくる。
「こんなことだろうと思ったわ。持ってきたのは洋平?」
「そーら。よーへーら。」
俺の頭からは隠すという行動がすっかり抜け落ちていた。
上機嫌の俺に上からまた溜め息が降ってきて、小さい手が目の前に差し出された。
何だ、お手か?
女将の変な行動に、俺は首を傾げた。
「見つけたからには没収です。」
そういう意味の手か。
って、没収!?
「えーっ、なんで!」
すぐさま不満をぶつけた俺に、いらんこと言うなよって視線が送られる。
けど何せ酔っているので、俺はちっとも気付かなかった。
「未成年でしょ。ほら、貸しなさい。」
「やだっ!まだ呑む!」
ただの子供になってしまっている俺を、隣にいた木暮と宮城が抑えようとする。
引き倒されそうになって、缶を持ったまま水戸のかーさんの足にしがみついた。
「三井、離れろって、」
「失礼でしょ、三井サン、」
「いーやーだー!」
「…洋平。」
心労の絶えない女将が息子の名前を呼んだ。
女将の足越しに見ると、いつの間にかそこには水戸が立っていた。
一瞬テンションが上がる。
けど、ものすごく不機嫌そうな水戸の顔を見て、それは途中で止まってしまった。
「…ごめん、母さん。」
女将とも俺とも目を合わさないで水戸が言った。
「もういいから、この子、何とかしてちょうだい。」

木暮と宮城が俺から離れ、水戸が近付いてきた。
「よー、水戸。げんき。」
女将にくっついたままへらへらしていた俺の肩を掴んでべりっと剥がす。
ようやく解放された女将はビールの缶を片しに俺たちと反対側へ行った。
酔ってなかったら、皆の視線が痛かっただろう。
でもやっぱり今の俺は何も感じない。
水戸しか見えてない。
俺は水戸を新たなターゲットにして中腰になり、水戸の腰に抱き着いた。
「…だから呑むなって言ったのに。いい加減渡しなさい。」
母親と同じような口調で同じようなことを俺に言う。
俺は上目遣いに水戸を見た。
「えー、なんらよ、水戸までー。ケチ!」
「ケチじゃねーの。」
「まだ呑むって言ってるらろぉ。」
子供をあやすように頭をぽんぽんって叩かれたのが不満で首を振る。
…ちょっと気持ち悪くなった。
水戸の腹の辺りに顔を埋め、酒のまわった頭で考え込む。
まだ酔いが足りない。
倒れるぐらいもっと呑みたかった。
かなりうんざりしている水戸の声が俺の脳に伝わる。
「もう充分呑んだだろ、ミッチー。」
だから!
「ミッチーじゃねぇ!」
「…もーわかったから…。」
顔を上げて叫ぶと今日3度目だったかの俺の言葉に、水戸が頭を掻いた。
何だよその態度は。
酒のせいでいつもより余計苛ついてくる。
「だからとにかく酒を、」
貸せ、って言うのを遮って、俺は下から水戸を睨み付けた。
「そんなに渡してほしーならチューしろ!」
周囲の空気が今度こそ凍りついたが、俺は全然気付かない。
「…チューはないだろ、ミッ…三井さん。」
水戸が冷静にツッコミを入れた。
「…キスしたら満足するわけ?」
水戸の手が俺の肩の上に乗せられる。
「する。」
俺は大袈裟なほど首を縦に動かした。
水戸が俺の後ろの方で寝ている桜木に一瞬視線を移した。
寝ていることを確認したんだな、と惚けた頭の隅で思う。
水戸の顔が降りてきて、唇が重なった。
回りがざわついたけど、俺の耳には入ってこなかった。
気持ちいい。
やっぱ俺、水戸のキス、好きだ。

長いキスが終わった後、水戸は酒くせぇとか言わずに、
「満足した?」
やれやれって顔で笑ってこう言った。
「おう、満足したぜ!」
俺は満面の笑みを浮かべて元気よく返事をした。
で、まだ酒の入っている缶を渡したら、そのまま水戸に手を引っ張られて立たされた。
「この人連れて行きますね。」
誰かに断わっている。
あ、俺部屋帰るんだ。
水戸に渡した缶は俺が見ていない間に机の上に置かれていた。
「…あ、あぁ…。」
誰かが引きつった声で答えた。
誰の声だっけ?
宮城かな?
木暮?
赤木か?
水戸は注意力の全く無くなっている俺を、さっさと部屋から連れ出した。





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この旅館ちっともこぢんまりしてないよ!(笑)
あと洋平は力持ちだと思います。色々ツッコミどころ多いですが、今更です。