私を旅館に連れてって。その4




俺は水戸に寄っかかってくだを巻きながら廊下を歩いていた。
「重いよ、ミッチー。」
「ミッチーじゃねぇー。もっと酒呑ませろー。」
「…。」
水戸は機嫌が悪いらしく、さっきから俺の言うことを無視しまくっている。
そもそも呑むなと言われてたのに呑んだ俺が悪いんだけど、
そんなこと今の俺が思い出せるわけがなかった。

構ってくれないのでつまらなくなってきて、俺は訊ねた。
「怒ってんのかぁ?」
腕を肩に回して顔を寄せてもはたかれなくてホッとする。
嫌がられたら酔いに任せて殴りかかりそうだった。
勝ち目なんか全くないのに。
「怒ってる。ほら、入って。」
水戸は俺を部屋に放り込んで扉を閉めた。
怒ってんのか…。
俺の気分がちょっと沈んだ。
敷いてあったふとんに寝転んで目を閉じる。
水戸が俺の頭の横に座る気配がした。

「…最後までそんなでいいのかよ、ミッチー。」
また言った。
しつけーんだよ。
「最後じゃねぇ…。」
俺は桜木と同じことを言った。
ミッチー、じゃなくてそっちの方が引っ掛かっていた。
「…そうだけど。今までと同じじゃいられないだろ。もう卒業したんだから。」
「…。」
俺は両手で耳を塞いで水戸から顔を背けた。
聞きたくねぇ。
「三井さん。」
そうやって呼ぶなよ。
聞きたくねぇんだよ。
「卒業式でも平気な顔してるから変だと思った。」
聞きたくないのに水戸の声が俺の中に入ってくる。
優しい声だった。
怒ってたんじゃなかったのか?
俺は耳から手を離して水戸の様子を窺った。
呆れたような顔をしてるけど、そんなに怒ってないように見える。
でも俺は何も喋らなかった。

水戸の指が伸びてきて俺の頬をつねった。
「いっ」
てーな、何すんだ。
と言葉には出来なかった。
水戸が俺を見下ろしている。
やっぱまだ怒ってたみてぇ。
水戸は手を開いて軽く俺の頬を叩いた。
ぺしってマヌケな音がする。
「寂しいって泣けば。」
いきなり直球を投げられた。
ばれてら。
とっくにばれてらー。
ちょっとぐらいカーブかけてもいいんじゃねーの?
そういう言い方されたら、素直に頷きたくなくなる。
頬に触れたままの水戸の手を振り払った。
「…なんらよ…いじめんなよ…。」
「いじめてねーよ。」
「いじめてんじゃねーか。落ち込んでんらから慰めろよ!恋人らろぉ!」
最悪なことに俺は逆ギレした。
勢いよく起き上がって据わった目で水戸を見る。
「泣けるわけねーじゃねーか!こぐれじゃあるめーし!」
「…そんな今更。」
怒り心頭の俺に対し、水戸は至って冷静だ。
「やっぱいじめてるらろお前!」
俺はいつの間にか泣いていた。
泣き上戸だったのか。
何にしろもう本当に最低最悪だ。
止まらない。
水戸の肩口に寄りかかる。
「…もっとあいつらとバスケやりてぇ…卒業なんて…まだ早ぇよ…。」

一年も一緒に出来なかった。
最初からいればもう少し一緒にいられたのに。
これこそ今更。
今、後悔しても遅すぎだ。
もう昔のことだ、って、考えないようにして、ふっきれたと思ってたんだけどな。
まだどっかに残ってた。
バカなのは俺だ。
おせーんだよ、自覚するのが。
あの時と同じことやってるじゃねぇか。
ちっとも成長してねぇ…。
目ェ逸らしたままで、あいつらにありがとうも、楽しかったさえも言ってねぇよ。

水戸が身体をずらして、俺の涙を拭った。
瞼が重い。
「…よかった。」
だーだー泣いたせいで疲れてもやがかかっている頭に水戸の安堵したような声が響く。
何がよかったってんだ。
こっちはひでぇ顔してるっていうのに。
「一緒の部屋にしてよかったよ。俺以外の前でこんなに泣かれちゃ困るし?」
それが冗談だということが俺には理解できなかった。
だから、酒が入っているとはいえ他の奴らの前でこんな無様なカッコ晒せるかよ、とか、
言ったらまた今更だって言われそうだ、とか思った。
泣いたおかげで思考はまだまともに繋がるようになったらしい。
でも思っただけで言う元気はなくて、俺は口を噤んでいた。
「…それにこんな格好でウロウロされちゃたまんねーよ。」
はだけてしまっていた浴衣を見ながら水戸が苦々しく言った。
いつからこの状態だったか俺には思い出せない。

すげぇ眠い。
身体が浮いた気がしたけど、押し倒されただけだった。
綺麗に敷いてあったふとんがぐちゃぐちゃになっている。
「寝ちまうわけ?」
俺は何か返事をした。
水戸がそのあと溜め息をついたから、伝わってないかもしれない。
「……なよ、ミッチー。」
声はよく聞こえない。
「………、……。」
かろうじて身体に触られていることがわかった。
感覚がかなり鈍くなっている。
そして俺はやけにすっきりした気分で意識を手放した。





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次で終わりです。やっと酔いミッチーから解放される…。(笑)
女々しすぎました酔いミッチー。
最後の洋平さんのセリフは御想像にお任せしますってことで。