特等席 秒針が動く音が狭い部屋の中に響く。 波の音は耳を澄まさなければ聞こえてこなかった。 今日は風が弱いようだ。 洋平は目を閉じることが出来ず、ただ天井を見つめていた。 (あぁ、ねみぃ。) 小さく溜め息をつき首を動かして時計を見る。 そろそろ空が明るんでくる時間だ。 洋平はその体勢のまま一瞬悩んで、すぐに諦めた。 のろのろと起き上がってカーテンを開ける。 もう4日、まともに寝ていない。 こんなに眠れないことは今まで一度もなかった。 眠いのに眠れないと、ストレスがたまってくる。 洋平の眠りは元々浅かった。 しかしこの4日間はその浅い眠りさえやってきていなかった。 少しうとうとするとすれば授業中ぐらいで。 今までは花道たちにバレないようにと平気な顔をしていたが、さすがに今日はやばいかもしれない。 そう思いながら、洋平は半分しか開かない目を擦った。 だるい身体に鞭打ってなんとか学校に辿り着く。 (これじゃジジィだな。) 自分の考えに気分が落ち込んでいく。 眠気のせいで頭がロクに働かない。 教室を見回したが目立つ赤頭は見当たらなかった。 まだ来ていないらしい。 安堵の息をつくと、洋平は荷物を置いて教室を出ていった。 授業開始の鐘が鳴っているのを無視し、屋上への階段をゆっくり上る。 屋上へ行っても眠れる保証はない。 それでも授業を受けるよりはマシだと思った。 机に俯せて寝るのはどうも落ち着かないのだ。 扉を開けようとすると後ろから人がくる気配がした。 (センセー…なわけないか。お仲間かな。ジャマだな…。) 洋平は遠慮してもらおう、と決めて振り向いた。 「あれ?」 「げっ。」 階段の下にいたのは、見知った人間だった。 ついこの間殺しそうになった相手。 「…。」 無言で、目を逸らして、気まずそうに階段を上ってくる。 さっき遠慮してもらおうと決めたのも忘れて、洋平は訊ねた。 「サボってていいの?ミッチー。」 「…自習なんだよ。」 「ふーん、そっか。」 「…。」 「…。」 「…。」 三井はまだ気まずそうで、目を合わせようとしなかった。 あれだけ殴られたのだから恐くないわけがない。 うまく働かない頭でそう思った。 洋平は三井に恐がられようが嫌われようがどうでもよかったので、 そのまま黙って屋上の扉を開けた。 「…いい天気だな。」 後から入ってきた三井が言った。 三井の言う通り、絶好の昼寝日和だ。 洋平は日陰を探してそこに座った。 神妙な顔の三井が隣に腰を降ろす。 「…?」 洋平は首を傾げた。 何か話でもあるのだろうか。 眠くて話を聞ける状態ではないというのに。 洋平は黙って三井が話すのを待っていたが、三井は俯いたまま口を開こうとしなかった。 (あー、もう、何なんだ。) 眠気が苛立ちに変換されていく。 待っている自分が馬鹿らしくなって目を閉じかけた時、やっと三井が何か呟いた。 「…ろよ、水戸。」 蚊の泣くような声は、注意力の欠如している今の洋平にはほとんど聞こえなかった。 閉じかけた目を開けて顔をしかめる。 「は?」 不機嫌さを隠そうとしない洋平の声に驚いたらしい三井が顔を上げた。 「…だから、礼させろって、言ってんだよ。」 だんだん小さくなっていく声を、今度は聞き取ることが出来た。 しかし三井が顔を上げたせいで一瞬合った目は、初めの文字を言う前に逸らされていた。 何の礼だろう。 洋平は表情を変えずに考えた。 殴りまくったけど、礼を言われるようなことはしていない。 もしかしてお礼参りというやつだろうか。 今日は力出ないから、この人が相手でも勝てる自信がない。 (うーん…マズイなぁ。) ボケボケの頭で結論を導き出して、笑顔で三井に言う。 「ミッチー、顔は殴らないでね。」 「…はぁ?」 何に対しての礼なのか説明されても、ちっとも頭に入ってこなかった。 三井の言葉を聞き流しながら、こんな状態でよくここまでこれたよなぁ、と自分に感心する。 終いに三井は呆れたような声で、 「…普通の礼だってことがわかりゃいいよ…もう…。」 と言って溜め息をついた。 それにしても眠い。 時計に目をやると、授業が始まってから既に20分経っていた。 「…あー、ねみぃ…。」 口にしたところで眠気が減るわけではないが、洋平は無意識にそう言っていた。 まだ隣にいた三井がそれに気付いて顔を覗き込んでくる。 「何だ、お前眠いのか。」 「眠い。」 何故か眠気を飛ばそうと緩く首を振っていた。 三井の顔が歪む。 「そりゃあ、どっちだよ…。」 洋平自身にも、本格的によくわからなくなってきていた。 (俺、なんでミッチーと喋ってんだ…?) 洋平が返事をしないでいると、三井はまた溜め息をついて、 「しょうがねぇな。肩貸してやるよ。礼だ。」 礼なのにえらそうに言った。 「安っ。それ安すぎ。せめて足にしてよ。」 勢いというか眠気に任せて、いつもなら言わないような不満を口にする。 「は?足ってお前…。」 「気持ちよくなさそうだけど肩よかマシでしょ。膝には頭乗せないからさ。」 欠伸をかみ殺しながら三井の返事を待つ。 ぶっちゃけどっちでもいいのだが、まぁ、枕があった方が寝やすいだろう。 「…わかったよ。貸してやるよ。」 「んじゃぁオヤスミ。」 聞くが早いか、洋平は三井の腿に頭を乗せて寝転んだ。 だからと言ってすぐに眠れるわけでは、勿論ない。 こんなに居心地悪そうにしている枕で寝るのは初めてだった。 女の子たちは頼めば喜んでしてくれたから。 緊張している枕では寝にくいので、洋平は目を閉じたまま枕に話し掛けた。 「…やっぱ固いね。」 突然話し掛けられた枕はびくっと揺れて不機嫌そうな声を出す。 「文句があるなら起きろ。」 「イヤ、寝るけど。」 頭上から舌打ちが聞こえた。 (礼なんじゃなかったのかよ。) 洋平が笑うと微かに感じていた光が消え、辺りが真っ暗になった。 変わりに瞼の上に何かが乗せられている。 少し汗ばんだ三井の手だった。 今の季節にこれはちょっと暑いけど、手の重みが何となく心地良かった。 「…とっとと寝ちまえ。」 その言葉を聞いて、今なら眠れるかもと思った瞬間、洋平は意識を手放していた。 それから昼休みが始まるまで、ずっと眠っていたらしい。 目が覚めると三井が鬼の形相で洋平を睨み付けていた。 「てめぇ、何で起きねぇんだよ!サボっちまったじゃねーか!どうしてくれんだ!」 起き抜けに怒鳴られて頭がぐらぐらする。 だが、朝よりはマシだ。 どうやら期待以上によく眠れたらしい。 「ごめんごめん、でも礼なんだろ、ミッチー?」 起き上がり、普段と同じ笑顔で三井を見て言った。 「サボるぐらいさぁ、謹慎よりマシじゃねぇ?」 洋平自身はそんなことはまったく気にしていない。 わざと三井の思考を止めるようなことを言っただけだ。 思った通り、三井は言葉に詰まった。 また目を逸らす三井を気にもせず、洋平は続けた。 「あ、足大丈夫だった?膝。痛くない?」 「…あぁ。」 「そっか。よかった。じゃまたヨロシク。」 「…あぁ…あ?」 頷きかけた三井が眉間の皺を深くして機嫌のいい洋平の顔を見つめる。 「また?」 「そう。また俺が眠い時、膝貸して。とりあえず次は昼休みだけでいいからさ。」 あんまりサボらすとほんとに卒業出来ねーだろ。 洋平がそう言うと三井は口を開けたまま固まっていた。 「3日分、よろしく、ミッチー。」 我ながらちょっと酷いかもしれない、と洋平は思った。 もう少しいいやり方があったかも。 洋平の中でバスケをしてくれさえすればどうでもよかった三井の位置付けが、 よく眠らせてくれる人、へと変わっていた。 鳴ったはずの鐘の音も聞こえないぐらいの深い眠りなんて、何年ぶりだろう。 だからどうにかして、三井を繋ぎ止めて、また枕になってほしかったのだ。 …よく眠れたのは偶然だと思うほどには、洋平の頭の働きは回復していなかった。 →続きます。 昔考えてた不眠症な洋平さん。何か性格悪いっすね。ミッチーがしおらしすぎるのか。 ミッチーといる時だけよく寝れるってのがツボだったんです。 そのうちひとりでもよく寝れるようになるんだけどやっぱりミッチーと一緒が一番… …って妄想ふくらませすぎでごめんなさい☆ |