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犬0 オヤジが犬を拾ってきた。 ほら寿、かわいいだろ!って、そりゃまぁ確かに可愛いけどさ。 いきなりこんなの拾ってきて、一体誰が世話するんだよ。 あまりつやのない毛並みに手を伸ばしてみると、すごい早さで逃げられた。 物陰からこっちの様子を窺っている。 お前は猫か? 犬だろ犬。 手を動かしても興味を示さず、じっと俺を見つめている。 嫌な目にあったのかどうか知らねぇけど、何かすれた子犬だな。 真っ黒い子犬に近寄って、今度は逃げられる前に持ち上げた。 噛まれるかな、と思ったけど、犬はおとなしく俺の腕の中に収まっている。 その様子を見ていたオヤジが機嫌良く訊ねてきた。 「名前は何にする?」 俺は何となく嫌そうに見える子犬の頭を撫でながら、ろくに考えもせず、子犬の名前を呟いた。 「ヨウヘイ」 バカじゃねぇの。 何でここでよりにもよってその名前が出てくるんだ。 あのヤロウに良い思い出なんてひとつもないのに。 訂正しようにも既にオヤジにばっちり聞かれていたので、もうどうしようもなかった。 青くなる俺をよそに、オヤジは、 「ヨウヘイか、よし、今日からお前はヨウヘイだぞ!」 子犬に名前を刷り込もうと、あいつの名前を連呼していた。 止めろ、呼ぶな、ほら、その名前に反応するようになっちまうじゃねぇか。 止めろ、呼ぶなって、誰かがその名前を呼ぶのを聞きたくないんだよ。 「うるせぇ! 汚いから洗ってくるぞ!」 犬が驚くのに構わず大声で怒鳴り、洗面所へ向かった。 後ろでオヤジが犬の名前をしつこく呼んでいる。 『洋平』 赤い髪の元気の有り余った後輩が呼ぶ声と重なって聞こえてきた。 幻聴かよ、相当頭おかしいな。 ほんともう、バカじゃねぇの。 身体を洗って乾かして、ベッドに連れ込んだ。 「ヨウヘイ」 横向きに寝転んで黒い毛玉を呼ぶと、のそのそと目の前までやってきた。 逃げないとこを見ると、俺にも大分慣れてくれたみたいだ。 眠そうだな、と思いつつ乾かしたばかりの頭を撫でる。 あ、このヤロ、溜め息つきやがった。 犬のくせに。 「……ヨウヘイ」 バカな俺はこの犬と同じ名前の後輩にホレていた。 バスケ部に戻ってからというもの、あいつのことが気になって気になって。 最初は、あれだけ殴られたんだから気になって当然? なんて思ってたけど、普通に話せるようになってからも、ずっとそれは続いてた。 桜木と喋ってんのが、気になって気になりまくって、しょーがなかった。 一目惚れに近いのかも、と思う。 どん底の時にあんな風に庇われたら誰だって惚れちまうだろ。 そうだろ、そうだよな。 性別なんて関係ねぇよな。 「寝ちまったのか?」 ヨウヘイはいつの間にか、俺の隣で丸くなって寝息を立てていた。 何で俺、あいつの名前なんか付けちまったんだろう。 あいつのこと名前でなんて呼べないのに。 桜木みたいには出来ねーのに。 「なぁ、ヨウヘイ」 指先で暖かい毛玉をつつくと身じろぎした。 逃げないで一緒にいてくれるなら、起きてても寝ててもどっちでもいいや。 少し離れているヨウヘイのすぐ近くまで顔を近付ける。 呼べないからこそ、付けてしまったのかもしれない。 そしたらこいつといる時は、ヨウヘイってのをあの大人ぶった後輩の名前じゃなくて、 この勝手に寝ちまったのかタヌキ寝入りなのかかわかんねぇ、愛想のない子犬の名前だと思って、 少なくともこの家の中では大っぴらに呼べるし? ……そうだな、こうやって考えてみると、悪くねぇかもな。 そんなことを考えている自分のバカさ加減に呆れ笑い、 人間の方を思い浮かべながらもう一度犬の名前を口にして、目を閉じた。 あーあ、本当にバカすぎて、泣けてくるぜ。 |